斎藤美奈子『紅一点論』

モモレンジャーとOL:『紅一点論』

 世の中には飽きもせず延々同じパターンが繰り返される物語シリーズというものが存在します。『水戸黄門』に代表される時代劇や、寅さんの『男はつらいよ』シリーズがその典型です。こういうのを「新鮮味がない」と両断するのは簡単ですが、でもちょっと立ち止まって考えましょう。執拗に繰り返されるという事実の裏には、こういう物語がみんなの深層に根強く潜む何かを代弁している可能性を考えてみねばなりません。それも、表立って口にはできない、後ろめたい何かを。

 紋切り型と言えば、日本の子供向けアニメや特撮もかなりのものです。悪い異星人の侵略から地球を守る、あるいは悪の帝国を滅ぼすために出撃する。そのストーリーの単純さは、まあいいとして、不思議なのは、その主役チームの中に必ず一人(または少数)の「女の子」が含まれていること。しかも彼女らには共通の特徴があります。

  • 基本的に戦力にカウントされない雑用係
  • 「○○博士の娘」のようなコネがある。
  • 主な任務はお色気サービス。セクハラなんて当たり前
  • でも文句の一つも言わない。むしろまんざらでもない。
  • 20歳前後の美人(絶対に面接官は顔で選んでいる)

 現実社会でこの要件に合致する女性といえば? はい、そこのオジサン。そう OL ですね。それも古めの大企業の。あっ石投げないでください。多くのキャリアウーマンにとって時代錯誤なのは百も承知です。これはあくまで男の側から見た場合の話ですから。日本男子の好きな物語類型は、端無くも自分たちの好きな女性の類型をちゃんと織り込んでいる、ということが言いたいのです。そして勿論、その反対の類型も。

 悪の帝国には、必ずどぎつい化粧の女性幹部(オバサン)が登場します。彼女は我が強く意志的で、正義陣営の女性より組織内での地位も高く、部下の男を顎で使っています。彼女は仕事のできるキャリアウーマンの戯画です。日本の男が最も嫌いなタイプの女。彼女たちが最終的に勝つことは、絶対にない。

 酒井順子が「日本には大人の女性を評価する文化がない」と不満をこぼしたのは正しい。女性は大人になると、社会(会社)から退場して、家の中で「母」になることを、今でも暗に望まれています。日本のサブカルチャーは、ハリウッド映画がアメリカン・キャリアウーマンへの嫌悪を隠れたテーマとしているのと同じく、「女嫌い/女の子好き」のモチーフを隠し持っている。

 斎藤美奈子の分析はいつも鋭くて溜息が出ます。処女作の『妊娠小説』からして既にその方法論は完成していました。すなわち、個々の作品の個性を捨象し、マスとしての傾向しか見ないこと。その「統計批評」とも言うべき冷酷な手法は、本書でも冴え渡っている。

 でも困るなあ、こういう危険な本はちゃんとそれらしく地下出版してまわし読みしてもらわないと。こんな本を堂々と書店に並べて、まかり間違って傷つきやすい男の子たちの眼にとまってしまったらどうするのですか。筑摩書房にはぜひ「地下書籍部」という特命部署を設けてこういう危険思想本を専門に扱ってもらうようお願いしたい。こんな悪の女王の高笑いを、健全な子供たちの耳に入れてはいけませんよ。

 「みなの者、よーく聞け。悪の帝国の真の陰謀がわかったか。負けたように見せかけて、われわれは、もとよりこの手で地球を滅ぼすつもりだったのだ。やがてジャパニメーションとやらが地球を覆い尽くす日が来るであろう。そのとき人類は、戦争ボケのセクハラ男と恋愛ボケのアーパー女ばかりになるのだ。あら、ちがったわね。もうなってるか。」