痛みのない労働力移動

 昨日、テレビのチャンネルを回していたら久々に『あいのり』がやっていたのでしばらく見ていたら、デンマークの社会制度を絶賛していました。いわゆる北欧型福祉社会の一つで、出産、医療、介護、教育、葬式まで全部タダ。失業保険は就業時の9割の給付が数年の長期にわたってもらえるという、「ゆりかごから墓場まで」のいたれりつくせりぶりに「いいなあ」と思った人も多いでしょう。

 でももちろん、こんな手厚い社会保障制度が実現できるには、先立つものが必要なわけで、番組でも所得税が7割に届こうとしている代償が紹介されていました。しかも税金でほとんど賄うということは、その使途が明瞭でないと国民の信頼を得られないわけですが、それが可能なのはデンマークが九州と同面積の小国だからです。北欧はどこも人口が少ない国ばかりですが、その程度の規模でないと金の流れを国民がチェックすることは難しい。そのようなわけで、簡単に日本が真似できるシステムではありません(あなたは、厚生労働省社会保険庁に所得の半分をまかせる勇気がありますか?)。

 でも、一つすぐにでも日本にも移せるし、ぜひ実行してほしいと個人的に思っている同国の仕組みがあります。それは、失業手当の給付資格に関する制度です。デンマークでは確かに上記のように非常に手厚い失業手当がもらえるのですが、ただしそれには条件があって、再就職のための職業訓練を受けなければいけないのです。番組ではこの点を言い落としていたけど、ダメですよ。これがキモなんだから。

 日本の失業保険にも、一応給付資格についての規定はあるのですが、非常に緩くてほとんどザルであることは周知の事実です。寿退社して主婦になった女性が失業手当をもらうのはほとんど慣習化しています(私の周りにも実例をいくつも知っている)。しかしこれは全く社会保障の意味がない。だって主婦になる人は、確かに収入はなくなるけど、食うに困るわけでも住む家をなくすわけでもないのですから。労働市場にも(少なくとも当分)戻らない。これは別に結婚する場合に限らず、「私もともと労働に向いてないんだよね」とさくっと辞めて親のすねをかじることにした家事手伝い/ニートでも同じです(性別によって呼称が変わるのがあれですが、いつの時代も男はつらいよ。ドンマイ)。彼らも、別に当面食うには困らなくても、失業手当はもらえちゃいます。おまけにその後、労働力として期待できるかどうかも、甚だ怪しい。端的に言って、こういう人々への給付は無駄金です。

 それと比較すると、デンマークの失業手当は、かなり毛色が違います。社会保障という意味合いよりも、再就職を促し、労働力の流動性を高める経済活性化の措置という側面が強い。日本でも再就職支援でスクールに通うとお金がもらえたりしますが、それはあくまで「促進」にとどまり「義務」というほど強くない。でも別に義務にして悪いことなんか無いと思うんですよね。現行制度からの手直しもそんなに大変じゃないし。それで困ることになるのは、「やらずぶったくり」を目論んでいたズルい人々だけです。こうした人々への給付をカットして、再就職にやる気のある人たちにまわせば、いきなり9割は無理かもしれないけど、少なくとも今よりは高額を給付してあげられる。「集中と選択」ですよ。