Black And White

 3/26 に、日本オラクル社主催のディスカッションに参加してきました。お題は「エンジニアのサバイバビリティ」。なぜか受付をはてながやっているという、不思議なコンビです。

 去年の秋にも、テーマは違うのですが似たようなイベントにお呼ばれしたことがあったので、夜の青山センターに出かけるのは二度目です。はてなの川崎さんや オラクル の伊東さんとはそのとき以来。青山のビルは夜に行くと本当にホテルと見まごうムーディな建物です。

 私のほかに参加されていたのは、以下の方々。

 最初に各人、5 分間ほどミニ・プレゼンをして、その後でグループ・ディスカッションという内容。仕事ではお会いできないバックグラウンドを持った方々と話せる機会というのはそうそうないので、刺激的で楽しい2時間でした。以下は、私のプレゼンの内容です。

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 私は最近、DWH 関係の仕事で「アプライアンス」と呼ばれる一群の DB 製品に触れる機会が増えました。NetezzaHP Oracle Database MachineNeoview といった製品が相次いで開発され、老舗の Teradata も対抗してアプライアンス製品を打ち出しています。これから DWH 市場の主戦力はこれらの製品に移っていくでしょう。

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 アプライアンスとは、日本語に訳すと「専用装置」という堅い訳語になってしまうのですが、決して珍しいものではありません。代表的なのは家電で、テレビ、炊飯器、冷蔵庫、電話などなど、私たちの生活はアプライアンスによって成り立っていると言っていいほどです。IT 分野でも、ルータやモデムなどネットワーク製品はアプライアンスとしての完成度が高いし、Google もある意味、検索に特化したアプライアンスです(あの誰でも使えるインタフェースの単純さは、専用装置として一つの完成形です)。こうした製品は、スイッチを「ポチっ」と押せば即座に使えるお手軽さが身上で、分厚いマニュアルとか複雑な設定とか低い信頼性といった通常「IT」という言葉で連想される負の属性は、そのまま即、命取りになります。

 データベース市場におけるアプライアンスも、家電を理想型としていて、ハード・ソフトを一体化することで、面倒な物理設計や論理設計の手間を省き、保守管理も簡略化できるのが大きな強みです。「家電としてのパソコン」というかつてのキャッチコピーは失敗しましたが(パソコンが汎用技術である以上、この結果は必然です)、もっと用途を限定した「家電としてのデータベース」ならうまく行くのではないか、という発想です。

 もうお分かりのように、こうしたアプライアンス製品は、エンジニアではなく、エンド・ユーザを顧客として想定しています。従って、コンピュータにずぶの素人であっても扱える簡単さが生命線。ちょっとでも難しい操作があるのはダメです。ここから導かれる結論は、もし IT 分野におけるハードウェア/ソフトウェアが全てアプライアンス化されたとき、SIer という商売は消えてなくなる、ということです。これまで SIer は、ハード/ソフトのベンダからモジュール(部品)を買い、文字通り「組み立て(Integrate)」工程を担当することで利益を得ていました。しかし、最初から組み立て済みの製品が提供されるとき、SI という仕事の入り込む余地はない。事実、家電業界に SI という商売はないのです

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 もっとも、そこまで何でもかんでもアプライアンス化することは、多分ないとは思います(DB のアプライアンスも、OLTP 用途を捨てて、DWH に特化することで初めて可能になった。成立条件が非常に厳しいのです)。しかし、こうしたアプライアンス戦略は、ビジネス・モデルとしては、なかなか興味深いテーマです。というのも、こういうブラックボックス・ソリューションは、コンピュータの世界では非常に昔からあり(「ブラックボックス」は、昔はコンピュータ自身を暗喩する言葉だった)、むしろ近年では時代遅れと思われていた方法だからです。ここ 10 年ぐらいの IT 業界は、技術のオープン化や OSS の台頭などに見られるように、むしろ内部仕様を公開し、ホワイトボックス化していく流れが強かった。DB 界のリーダー Oracle にしても、ソースコードはさすがにやらないけど、内部動作はかなりの程度公開しています。Google は、世界の全てを「見える化」することに異様なまでの情熱を傾けて、それによってイノベーションを成し遂げています。アプライアンス製品のブラックボックス戦略は、こうした時代の流れに逆行するようにも見える(DWH が BI という「見える化」のためのツールだというのが少し皮肉です)。

 しかし、それではブラックボックス化が上手く行かないかというと、そんなこともないのです。というのも、利益を生み出せるのはブラックな(=見えない)部分だけだからです。お客から見て、難しくて面倒で何だかよく分からない、と思う箇所がないと、情報サービス業は成立しません。当たり前の話ですが、簡単で単純で分かりやすいことなら、誰だって自分でやります。だから、物事が全てホワイトになってしまったら、情報サービス業は成り立たない。"何だかよく分からない" 部分があればこそ、私たちの商売は成り立つ。

 その意味では、Linux のような OSS は、確かにホワイトボックス化にある程度は寄与したけど、やっぱり基本的には顧客から見ればブラックなままだったのです。コンピュータの素人が Linuxソースコード読んだり、その扱いに習熟するのはやっぱり大変なことです。たとえ原理的にはホワイトであっても、そのアーキテクチャが十分に複雑で難しければ、実質的には「黒い箱」のままです。一時期 IT 業界には「OSS禍論」みたいのがあって、オープンソースは商売の敵だ、という反感は根強かった。しかし蓋を開けてみれば、OracleIBM も、それに私の会社だって、Linux を使った商売をちゃんと成立させている(Exadata のホストは LInux だ)。

 だから、ブラックボックスとホワイトボックスは、どちらか一方に偏ればいい、というものではないし、実際のところそんなシステムは作れません。ブラックな部分がないと儲けが出ないし、ホワイトな部分がないと技術の利用可能性が低く、ユーザや技術者に広まらない。どこをブラックにし、どこをホワイトにするか、そのバランスが重要で、しかもそこに一義的な解はない。そのバランスを上手く取れる構造を考えることが、IT 産業にとっては大事だ・・・・・・。

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 とまあ、思い出しながら書いているので不正確ですが、大筋こんな話をしてきました。荒っぽいのは本人が一番承知していますが、どのみち 5 分ではそんなに深くは掘り下げられない。

 なお、「たとえ知識が公開されていても、それが複雑なら結局はブラックボックスと変わらない」という点は、池田信夫氏のブログから教えられました(「スペースシャトルからゴキブリへ」)。この場を借りて感謝します。