『Economist』ソラリスの陽のもとに

 「とても驚いている。真剣に対処を考えねばならない。」そう言ったのは、マイクロソフトのトップ、ステーブ・バルマー。これは決して彼だけの感想ではなく、コンピュータ産業界の反応の多くもまたそうでした。ソフトウェアの巨人 Oracle が、Sun Microsystems を 7億4千万ドルで買収したのです。

 ドットコム景気が終わってから経営の思わしくなかった Sun が、近年ずっと自分の買い手を探していた、というのは秘密でもなんでもありません。業界のアナリストは、まず IBM が買収するだろうという予測でほぼ一致していました。あるいは、買収の名手であるネットワーク関連企業の Cisco や 世界 No.1 ハードウェア企業である HP の名前も、買い手のリストに上がっていました。しかし、そうした大方の期待を裏切って、土壇場で Sun を買収したのはダークホースと言ってよい Oracle でした。

 Oracle と Sun という組み合わせ自体はおかしなものではありません。トップ同士は友人だし、Oracle は昔から、「アップルのようにユーザが使いやすいサービスをトータルで提供したい」というアプライアンス構想を持っていたけど、でも肝心のハードウェア基盤を持っていなかった。Sun を手に入れたことで、ハードからソフトまで一括する統合コンピュータ企業になるというその悲願を、ようやく実行に移すことができるでしょう。それに、買収の名手という点では Oracle もなかなかのもので、ここ数年で Siebel、PeopleSoft、BEA といった優良企業を含め 50 社以上を買って、それを成長に結びつける手腕にも長けている。

 しかし、Economist の見るところでは、そうした積極的なメリットが多くあるにもかかわらず、この買収は結局のところ、攻めではなく守りの作戦だった ―― OracleJava と、そして何より SolarisIBM に渡したくなかったのです。DB エンジニアの間では周知のことですが、世界で最も多く Oracle Database が稼動しているプラットフォームは、Solaris です。昔は SolarisOracle の開発機でもあって、Solaris 上で動かすのが一番安定していると言われたほどです(今はさすがにそんなことはないけど)。そして Oracle のアプリの多くは Java 上で動くものなので、この二つを ライバルに渡すことは、Oracle にとっては二大プラットフォームを敵に押さえられるに等しい。例えばもし IBM が Sun を手に入れていたとしたら、SolarisDB2 をバンドルして販売するという戦略だってとれる。あるいは Java を有料化するとか。これは Oracle にとっては、牙城を崩される大きな危険を孕みます。だから、IBM との交渉が進むさなかでも、水面下で Oracle は Sun の説得工作をしていたはずです。

 今回の買収は、このようにその動機としては防衛的なものではありましたが、しかしこれが業界の再編成を加速することは間違いないでしょう。特に、最近のコンピュータ業界の巨人たちがいずれもレイヤーを乗り越えて、既存の水平分業型から垂直統合へ移行し始めているのは、非常に大きな転換です。今まで、Oracle や SAP のようにソフトウェアを売る企業はソフトウェアしか売らなかったし、EMC はディスク、Ciscoルーター、HP と Sun はサーバーと、それぞれ得意分野に特化してすみ分けることで、業界全体の効率を高める方針をとっていました。

 しかし、Oracle は「ディスクからアプリまで全部面倒見ます」と宣言しました。Cisco はもうすぐサーバーの販売を始めます。このように各企業が「何でも扱う総合商社」を目指すようになったのは、ある意味で業界の成熟を示すものだ、という見方もあります。しかし、実はこの垂直統合型というのは、業界の初期の形態に近いのです。昔はソフトとハードを分離するという考えは一般的ではなく、プログラムは特定のハードでしか動きませんでした(今でもゲームソフトなんかそうです。Xbox のソフトは PS3 では動かない)。今後、コンピュータ業界は、もしかしたらその大昔の形態に戻り、今のような汎用技術としてのコンピュータは姿を消すのかもしれません。