外部性と機会費用

 『ER』もひととおり見終わったので、『ザ・ホワイトハウス』(原題:The West Wing)に手を出しています。『ER』に比べると地味ですが、NBC らしい格調高いヒューマン・ドラマです。タイトルで流れるテーマ曲は壮大でかっこいい。もし日本のテレビ局が『ザ・永田町』とか作ったら・・・・・・いや比較はよそう。

 民主党政権で、巨額の財政黒字をためこみ経済好調、失業率も低いという設定と、民主党でありながら「大きな政府」からの脱却を図ろうとしているあたり、クリントン政権がモデルになっています(マーティン・シーンが名演する大統領は、ちょっと外見がブッシュっぽい気もするけど)。『ER』が人間の生死という、文化に依存しない普遍的テーマを扱うドラマだったのに対し、『ホワイトハウス』はアメリカの政治状況と社会についての知識がないと、いまいち官邸のスタッフたちが日夜どんな問題と格闘しているのか分からないのが、日本で『ER』ほどの人気が得られていない理由でしょう。キリスト教右派全米ライフル協会や銀行ロビーや性教育反対派が敵役である理由は、日本人には簡単には分からない(私も正直、全部の文脈は追いきれなくて「???」となるシーンもある)。

 このドラマを見ていると、政治家の仕事がほとんど利害の調整につぐ調整であることが分かります。それは、こないだ紹介した『人でなしの経済理論』の言葉を使えば、トレードオフの連続だということです。

 ホワイトハウスには、各種の利権団体から様々な陳情が持ち込まれます。どの団体も自分たちの利益を最大化したいと考えているけど、全員の言い分を聞いていたら国中の資源を使い果たしても足りないので、官邸のスタッフが適切な順番付けをして、どうでもよいと判断したランクの人々のは「丁重にお引取り」願うことになる。

 例えば、報道官の CJ のところへ来た動物愛護団体は「狼を守るために、狼専用の道路を作るべきだ」という主張をします。「建設費用の多くは寄付で賄えるので、納税者の負担はたった 9億ドルですむ。素晴らしい計画でしょう」と。これに対し CJ は、「ちょ、ちょっと待って。狼に標識は読めないし、第一、その道路は農場主たちの土地を横切ることになる。彼らの土地を分断することの被害を考えたのか」とごくもっともな反論をします。「私ならそれで学校を9個つくるわ。その方がずっと社会全体のためよ。」

 彼女が指摘するように、道路を作る費用は、実は 9億ドルでは足りない(それだって大した額だが)。それによって農場主たちが受ける被害額と、学校を作ることで得られた効用との差額も足さなければ正確ではありません。しかし、この反論に対し、動物愛護団体は平然と「農場主は動物を殺す悪人なので、彼らの損失を考慮する必要はない」と言い放ちます。

 一言でいうと、彼らには外部不経済機会費用の概念がないのです。党派的な考えの強い政治家もそうですが、世の中には「敵と味方」の二種類しかいないと考える人々は、「敵」に対してはどのような犠牲をしいてもよいと考えるし、「味方」の利益になることであればどれだけのコストをかけてもよいと考える。政治というのは、ある意味でこういう党派間の剥き出しの利害のぶつかりあいを通して、現実的な妥協点を探る仕事です。

 しばらくまたウェルメイドなドラマが楽しめそうです。聞くところでは面白いのはシーズン4までだそうですが、感想はまたこのブログで報告します。