奴隷制の値段

 『ザ・ホワイトハウス』(1st)を見ていたら、次席補佐官のジョシュが人権派の弁護士と奴隷制度の国家賠償についてやりあっている場面がありました。日本でも従軍慰安婦などの問題で国家賠償請求の訴訟が起こされていますが、アメリカの奴隷制度は桁が違います。日本に対する謝罪要求決議とか、他国の政治に首突っ込んでいる場合ではない。足元に火がついている。

 弁護士から、「当時の奴隷たちの人数、労働時間、時間あたり賃金をかけて算出された金額を、国家は賠償すべきです」と詰め寄られて、ジョシュが恐る恐る「参考までに聞きたいのですけど、大体お幾ら万円?」と訊ねると、答えは、「1兆7000億ドル(約170兆円)」。「ひょえー」と頭を抱えるジョシュ。

 これはドラマの中だけの現実離れしたエピソードと思ってはいけません。奴隷制の賠償は、アメリカでは現実に議論されているホットな問題です。2007年7月23日に開かれた民主党の大統領候補によるディベートでは、「民主党の中で最もリベラル」な男と呼ばれるクシーニッチ議員が、奴隷制に対する金銭的賠償を支持すると発言して大きな話題を呼びました。クシーニッチはその後、早々に大統領選を降りてしまいましたが、ほとんどの民主党員が胸を撫で下ろしたでしょう。

 黒人のオバマ大統領でさえ、「奴隷制に対する補償は、教育の充実などの手段を通じて行うべきだ」と発言するにとどまり、金銭補償については触れません。それをやったら国家財政が破綻するのは目に見えているので、社会全体のトレードオフを考えねばならない大統領としては、当たり前の態度です(それを考えないのは視野の狭い「敵/味方」論者だけです)。

 上のエピソードに登場する弁護士も、実はその程度の計算はわきまえている。また、法律家なのだから、奴隷制が当時の法律では合法であったため、現在から見れば違法だとしても、法の遡及適用はできないことも知っているでしょう(当時はむしろ奴隷制に反対することが犯罪とされていて、マーク・トウェイン『ハックルベリー・フィンの冒険』では、主人公の少年ハックが逃亡奴隷のジムと逃げることに良心の呵責を抱いて、「このまま逃げたら地獄に落ちるかも」と怯えています。その後、「よし、地獄へ行こう」とハックが決意するシーンは、米文学史上に残る名場面です)。

 そういう事情を全て腹におさめながら、ジョシュとつかみ合い寸前のところまで本音をぶつけあったところで、さりげなく「ところで、私がこういう提案をしたとしたら、あなたどう思います?」と、妥協案を提出する。これが実に絶妙のタイミングで、「おお、大人だなあ」と見ていて感心してしまいました。合意形成の方法というのも、色々あるものです。