鈴木亘『だまされないための年金・医療・介護入門』補遺

 tonnyさんという方から、以前、鈴木亘さんの『だまされないための年金・医療・介護入門』を紹介したエントリに対して、「積立方式のデメリットを説明しないまま積立方式を礼賛するのはフェアではない」というトラックバックをいただきました。これはもっともな批判なので、私なりに応えてみたいと思います。

>「そもそも運用収益率だって人口構成の影響は免れないのでは?」
>「人口構成の変化には中立的でも運用リスクはモロに被るのでは?」

 リスクのない運用方法はないので(あればみんな飛びついている)、たとえ積立方式でも運用する以上、リスクはあります。思ったような運用収益があがらず、損をする可能性も当然あるでしょう。しかし、それは賦課方式の場合も同じです。どういう運用をすべきかは、賦課方式か積立方式かという制度の選択とは独立の問題です。

>「チリなどでは積立方式へ移行して失敗に終わったが、その総括は?」

 確かに、既に積立方式を導入した国の検討は重要です。1980年に、ミルトン・フリードマンの学説に従って、民間セクターによる積立方式(AFP)を採用したチリでは、制度の見直しを検討する声があがっています。しかし、チリで年金制度がうまくいっていない原因の一つは、労働市場があまりに不安定で、労働者が月々の保険料を払えていない、というそもそも「積立か賦課か」とは関係ない原因もあります。これは賦課方式に変えたところで解決しません。そういう個々の要因がどの程度影響しているのか、ということの検討は、大変重要です。

 そしてさらに、積立方式の検討をするなら、少子化などの問題に対応するため、1999年に一部積立方式を導入したスウェーデンの制度も対象にせねばならないでしょう。これによってスウェーデンの年金制度が健全化したならば、積立方式の導入に効果があったと言えるかもしれないからです。厚労省スウェーデンの制度には関心を持っている(上のリンク先も同省のサイト)。

 また、積立方式はよく「インフレに弱い」という批判を受けます。素朴に考えても、今1万円で買えるものが50年後には10万円するようになっていたら、50年前に積み立てた1万円をもらったとしても、同じ物は買えません。著者は、これに対して「積立方式はインフレ/デフレの影響を受けない」と言います。

 本書で積立方式とインフレ/デフレの関係について言及しているのは、p.234-5 ですが、そこではtonnyさんが批判するような「過去10年はデフレだったから問題ない」ということは言っていません。「インフレになるとその分、長期金利が上昇して、資産価値の目減りを防ぐ」(p.235)というフィッシャー効果が、著者の論拠です(だから、現実にこの効果は起こると言えるのか、起こったとして、インフレ率を賄うだけの金利の上昇があるのか、という批判ならありうると思う)。

 以上が私からの回答です。チリやスウェーデンの状況、フィッシャー効果が本当に観測されるか、といったポイントは、大変重要だし興味深いところなので、私もこんご調べてみたい。