誰が弱者の味方なのか

 今週もやってまいりました。『ザ・ホワイトハウス』に学ぶ政治のお時間です。

 今回取り上げるのは、エピソード 33 「The Leadership Breakfast」(邦題「朝食会の誤算」)で、広報部長のトビーが、フェリシティ・ハフマン演じる共和党の大物議員アン・スタークと、労働者の最低賃金法について論じるシーンです*1

 トビーは社会主義的な政策を掲げる民主党員なので、低所得層の生活を保護するべきだという理由から、2年で2ドルのベースアップを義務付ける法律を作りたいと考え、アンにも賛成を求めます。しかし、アンは「ベースアップには賛成だが、猶予期間は3年に延ばしたほうがいい」と言う。

 「おい、君は最低賃金レベルの労働者がどんな生活を強いられているか、知っているのか」と気色ばんで詰めよるトビー。「彼らを救ってやりたいと思わないのか」と。

 これに対してアンが応えるセリフは、この名作ドラマの中でも、一、ニを争うぐらい重要なものかもしれない。彼女は「最低賃金を引き上げることで、本当に低所得者層を救うことができると信じているのか」と逆に反問するのです。

 しかし残念ながら、このアンの議論は詳細が語られることなく、二人のやりとりは終わってしまいます。その後、アンはマスコミを使って民主党を攻撃する「不意打ち」を食らわせて、視聴者にはアンが卑怯な冷血漢のような印象だけが残ってしまう。そこで以下、私がアンになりかわって、おそらく彼女が言いたかったであろう言葉をついでみます。

 最低賃金を引き上げることは、単純に考えると労働者の生活改善につながりそうな気がします。所得が増えればそれだけ生活の余裕が増えることは、自明のように思える。しかし、ことはそう簡単ではありません。最低賃金以下で働く従業員を抱えている企業は、最低賃金が引き上げられれば、それ以外の従業員の給料を逆に減らさないといけない(企業が従業員に払える賃金総額は変わらないからです)。でもこれは普通できません。正社員の給料が減ることは組合などが許さないからです。するとどこで調整するかというと、派遣や期間労働者などをクビにすることで、あるいは日本企業がしたように新規採用を控えることで賃金調整をはかるしかない。結果として、最低賃金の引き上げは、その政策が守ろうとした弱者をより苦しい立場に追い込むのです。

 このアンの議論は、日本にもそっくり当てはまります。昨年、派遣労働者の劣悪な労働環境と低い賃金が問題になって、民主党が中心となって派遣を禁止する動きがありました。もし派遣という労働形態を禁止したとして、じゃあ派遣労働者だった人はどうなるのでしょう。正社員になれるのでしょうか? そんな余裕は企業にはない。正社員の雇用コストは派遣社員の 2 倍以上です。だから、派遣社員はアルバイトになるか、または失業するしかない。派遣社員は消えるけど、変わりにアルバイトと失業者、そして賃金の安い海外へのアウトソースが増えるのです。これは意図した結果と正反対です。

 あなたたちは、口では弱者を救うべきだと言う。でもそれが結果はどうだ。逆に労働者間の格差を広げることに貢献しているだけじゃないか、この偽善者どもが ―― きっと彼女は、そう言いたかったのです。実際、アメリカでも労働組合民主党の大きな支持母体ですが、最低賃金で働いている人々は往々にして組合には加入していない(そもそも組合のない会社も多い)。結局、民主党だって自分たちの支持団体の既得権保持にだけ汲々とするエゴイストじゃないのか。

 アンの(言いたかったであろう)批判は、「弱者の味方」を自認するリベラルに対する致命的な批判であり、そしてこれに対して正面きって答えたリベラル派の論客も、私が知る限りいません。「じゃあお前らは弱者を見殺しにするつもりか」とか「非人間的な冷血漢が」という感情的な攻撃をするだけです。だからこそ、民主党寄りの製作陣も、彼女にあまり喋らせるわけにはいかなかったのでしょう。この名作ドラマの限界を見たという点で、非常に重要な回でした。

 ちなみに、労働者の地位向上のために共和党が打ち出す政策というのは、逆に法人税の軽減とか会社が社員をクビにしやすくすることとか、一見すると全然労働者を守ることに役に立ちそうにないものばかりです(だから感情的な批判は多く受ける)。でも彼らにもちゃんとロジックはあって、例えば法人税を軽減すると、企業活動が活発になって、儲けも多くなる。そうすると労働者に対して配分されるパイも大きくなる、というわけです。

 日本の場合、同じ二大政党制と言っても自民党民主党も似たり寄ったりのバラマキ社会主義で、共和党に相当する自由主義的な政党というのがありません。小泉政権共和党的でしたが、どうも一過性の現象だったようです。要するに日本の場合、アメリカの民主党が二つあるようなものなので、たとえ政権交代しても政策にはかわり映えがしません。日本にも共和党が必要かもしれない。

 私は、心情的にはリベラルを支持したいのですが、もし小泉純一郎小池百合子前原誠司民主党でありながら「労組依存から脱却する」という大胆な主張をしていた)あたりが連合して日本共和党を作ったら、一票を投じてもいいですよ。

*1:ハフマンは、『デスパレートな妻たち』では強硬な銃規制派で暴力反対のガチガチ民主党支持者リネット・スカーボを演じてエミー賞を取りました。二人は全然反対の役柄ですが、本当の彼女はどちらの政党を支持しているのでしょうね