おいしい薬

 「為になる話」で面白かったもうひとつのテーマは、オセロの松嶋尚美が言っていた疑問に端を発するものです。それは「何で病院で薬をもらおうと思ったら、病院から外へ出て薬局へいかなかければならないのか」というもの。「そんな面倒なことせずに、病院内で一括して診療も薬もくれればいいじゃないの」というわけです。

 松嶋さんは知らないかもしれないけど(後で述べるように、それはいいことです)、薬まで出してくれる病院もあります。病院が薬を処方するやり方を院内処方と呼びます。反対に、薬局でしか薬を受け取れないのは院外処方。いま、日本の病院は大勢として院外処方に向かいつつあります。病院は内心あまり乗り気でないところもあるのだけど、親分の厚労省が乗り気なのでしぶしぶ従っている。松嶋さんが不平を鳴らすように、これは患者にとって一見、不便な制度なんですが、ではなんでわざわざ不便な制度に移行しようとしているのでしょう。

 平たく言うと、トータルで見るとそのほうが患者にとってもメリットが大きいからです。番組で説明を求められていた女医さんは、院外処方のメリットとして、専門家である薬剤師のアドバイスが受けられるとか、後で家の近くの薬局でも薬をもらえるという説明をしていましたが、そういうメリットはごく小さなもので、説得力に欠ける。松本以下スタジオの漫才師連中も口々に「納得できんなー」、「ほかに隠れた理由があるんちゃう」と不満を言っていた。まあそれはこんな説明じゃ納得いかないよね。

 院外処方を含む医薬分業の一番大きな目的は、病院にあまり薬を出させなくすることです。

 「薬九層倍(薬の利益率は900%)」という四字熟語があることからも分かるとおり、薬というのはぼろ儲けできる商品です。だから、病院に薬を売らせると、患者の無知に付け込んで、必要ない薬まで売りつけようとするインセンティブが働く。いわゆる「薬漬け医療」の原因になるわけです。一方、病院には処方箋だけ書かせて、薬を売ることができるのは薬局だけということにすれば、どれだけ薬を出しても病院の儲けは一定なので、無駄な薬を出すインセンティブが消える、という仕掛け。もちろん裏で病院と薬局がグルだったら意味ないけど、それはバレるとコトだからまともな病院ならやらない。これが院外処方が積極的に推進されている理由です。

 松嶋さんが院内処方をしている病院を知らないというのは、彼女が比較的まともで良心的な病院に通っているということを示唆している。だから、それはよいことなのです。私の家の近所には、まだ院内処方をしている病院があります。数年前にちょっと通ったことがあるだけなので、今でも継続しているかは知りませんが、まあ、お約束どおりどっさり薬はくれるわ、腕は悪いわで、あまり評判はよくなかった。私もすぐに通うのをやめました。

 番組で答えていた女医さんも、このデリケートな理由については、なかなか触れにくかったのでしょう。代わって私がお答えした次第です。
 ちなみになぜ私がこの問題に敏感に反応するかというと、昔レセプト審査や電子レセプトがらみの仕事にちょっと関わっていたことがあるからです。医療分野を生業にする DWH 関係者にとって、レセプトの完全電子化はなんとしても達成したい悲願と言っていい。

 医療の世界(正確には診療報酬の世界)も魑魅魍魎が跋扈するロンダルキアみたいなフィールドで(喩えが古いな)、怖い経験も驚く経験も色々あったのですが、まあいずれ折に触れお話ししましょう。