自由との闘い:『Devil's Playground』

 先週と先々週の『松嶋×町山 未公開映画を観るTV』は、世にも珍しいアーミッシュの子供たちをレポートする『Devil's Playground』でした。

 アーミッシュは日本ではもちろん、アメリカでもほとんど一般の目に触れることはありません。田舎のコミュニティに固まって生活しているし、メディアにもほとんど姿を見せないからです。こないだ見た『ER』に、アーミッシュが治療を受けるため大都会シカゴにやってくるエピソードがあったけど、宗教的バックボーンを知らない日本人には訳の分からない話になっていた。

 その意味でこの映画は、アーミッシュの日常生活を映像で見られる貴重な資料です。私も初めて本物の彼らの生活を見た。音には聞いていたけど、実際見ると本当に凄い。アメリカにもこんなエコロな暮らししている人たちいるんですね。現代日本での生活が環境破壊につながっているという罪悪感を持っている人は彼らのコミュニティに移住するといいと思います。彼らは戒律を守れる人間なら外部からでも受け入れるそうですから。

 さて、余談はともかく、このドキュメンタリーの製作側が持っているテーマは、子供たちの心における「信仰 VS 快楽」の葛藤なんでしょうが、私が観た感想としては、信仰の敵は快楽ではない。町山さんも番組の最後で言ってましたが、ドラッグもパーティも車も SEX も、楽しいのは最初だけで、せいぜい数ヶ月で飽きが来ます。アーミッシュにとって本当に怖いのは、選択の自由です。テレビ番組の企画でアーミッシュの子供たちを都会に連れ出して広い世界を見せたら、彼らはほとんどが信仰を捨てて還俗しました。しかし、そのときの最も強い動機になったのは、遊びや快楽ではなかった。「都会には仕事がたくさんある」という事実こそ、彼らを最も誘惑したそうです。大学へ行き、高い教育を受けることで、自分の人生の可能性が広がる。そのことを身をもって知ったとき、人は田舎の平穏な(しかし単線的な)生活を捨てて、何が待ち受けるか知れない荒海に出る。

 おそらくアーミッシュの親たちも直観的ににそれを理解している。だからルムシュプリンガの期間も、一見して快楽を許しているように見えるけど、目の届くコミュニティ内でやらせている。かわいい子には旅をさせろとばかりに都会に送り出すことはしない。そうすると、祭りの終わりには、快楽に飽きて 9 割の子供たちが予定調和のごとく戻ってくる、という仕掛けです。予定説を信じているだけに。

 でも、アメリカが体現する選択の自由は、その予定説と真っ向からぶつかる。人生は白紙で、何も描かれていないキャンバスであり、そこには個人の努力でどんな絵も描くことができる。君は政治家にも、医者にも、弁護士にもなれる ―― この自由思想は、アーミッシュにとって受け入れがたいでしょう。神の怒りを避けることになるから避雷針を立てず、未来は予定されているのだから保険にも入らず、避妊もしない運否天賦を是とするのが彼らのポリシーです。未来を変えようと努力するなど、神に挑むに等しい。

 そう考えると、このドキュメンタリーは、アーミッシュという特殊な人々を扱っていながら、そのじつ結構普遍的なテーマを裏に持っていることが分かります。それは、「近代 VS 前近代」です。アーミッシュの老人は言っていました。「いい共同体をつくりたければ、私利私欲を捨てなければならない。エゴが最大の害悪だ」と。昔は日本のほとんどのムラ共同体も、同じ倫理で統制されていました。そこには自由がないかわりに、人々の親密な関係と、昨日と変わらない今日、今日と変わらない明日が保証されていた。

 一方、棄教して故郷を出て(アーミッシュは棄教すると親兄弟友人から絶縁される)、働きながら大学へ通うことにした少女ベルダは、「自分がアーミッシュだったころは、キャリアなんて考えられなかった。たくさんの選択肢があるのは素晴らしいことだと思う」と語る。これもまた、都市へ出て、高度な教育を受けるようになった多くの日本人がかつて感じたことでした。アーミッシュの人々は、日本や欧州が近代化の過程で体験した葛藤を、今まさにリアルタイムでくぐっている。21世紀の先進国でこんなことが起こるのは、アメリカの懐が大きすぎて、あまりに多様な共同体を保存しているからです。アメリカには「共同体のガラパゴス諸島」という尊称を与えたい。

 でも、一通り近代化を終えた日本は、誰も予想しなかったことに、選択の自由に疲れてきている。神なき近代がもたらした最高の福音に、幻滅を感じ、前近代の、あの不自由な共同体を懐かしむようになっている。ベルダも何十年かのち、それを感じることになるのだろうか。強い彼女には、そうあって欲しくない。

 案外一番へこたれないのは、アタマ空っぽのまま女のケツおっかけて故郷を出たファロン君だったりして。若い頃の村上龍ってこんな感じだったんじゃないの。