『Economist』:スーパーコンピューターの「スーパー」ってどういう意味ですか

 ものすごく初期の頃のコンピュータの用途というのは二種類しかありませんでした。コードをクラッキングする悪ふざけか、軍事目的の核実験シミュレーションです。後者の軍事利用は、やがて多くの民生用技術を生み出します。インターネットの原型は、米国防総省が作ったARPANETというネットワークですし、カーナビも、軍艦やミサイルを誘導するために打ち上げられた衛星を利用しています。名機と名高いボーイング747は、もともと軍事輸送用に設計された機体でした。

 こうした軍事から民間への技術移転という現象は、別に珍しくないし、驚くことでもありません。軍というのは、経済的に見ればつまるところ、豊富なポケットマネーを持ったパトロンなので、高コストな技術開発に出資することを厭わないからです。

 しかし近年、この矢印が反対を向いた技術移転現象が起きています。アメリカ空軍がソニープレステ3に使われている CPU セルを 2,200 個使ってスパコンを作りました。イラクおよびアフガニスタンに駐留している兵士たちは、翻訳ソフトのプラットフォームとして iPods と iPhone を使っているし、XBox のコントローラは偵察用ロボットを操作するためにカスタマイズされています。

 何でこういう逆転現象が起きたのか? それも理由は簡単で、民生用技術の市場規模が軍事用技術の市場規模を大きく上回るようになったからです。世界の軍事費は年間で 1.5 兆ドル、一方の民生用技術は 700億ドル程度ですが、軍事費のうち技術開発に割り当てられているのはごく一部なので、今や民間のイノベーション速度とは競争できなくなっています。

 そうなると、わざわざ軍事用に専用技術を開発することは、大抵の場合、コスト面でも実用面でもあほらしくてやってられないので、民間企業が作った製品を組み合わせるという「ありもの路線(off-the-shelf approach)」のがずっといいじゃないか、という結論に到達するのは、至極もっともなことです。

 その際、「ありもの」の調達先を国内企業に制限する必然性は、別にありません。アメリカ国防省が日本企業の製品を買ったって悪くない。安くて性能がよければそれが一番です。そもそも、技術に国籍を云々するのがナンセンスです。セルの開発には IBM も参加しているし、中で動いている OS は Linux です。国籍なんか決めようのない「ごった煮」製品なのです。日本が国家主導プロジェクトで技術開発をしようとすると、なぜかナショナリズムが入り込んで「国産のスパコンで世界一を」とか「国産OSを広めよう」とかいうお題目が唱えられますが、技術に国籍なんか決めようがない、ということは、現場の技術者ならみんな知ってる。

 この記事のもう一つ面白いところは、「スーパーコンピューター」という言葉で世間的に考えられているイメージに一撃を与えていることです。一読して、「スーパーコンピューターをゲーム機のCPUで作れるの?」と驚いた人も少なくないでしょう。作れちゃうんですよね、これが。世界第2位の性能を持つIBMスパコンRoadrunnerにも、この Cell は使われています。

 「スーパー」コンピューターと聞くと、なんだか昔の SF アニメに出てくるような馬鹿でかい単一の筐体のコンピュータがでんと鎮座しているイメージを持つかもしれませんが、そういうのは時代遅れです(このイメージの流布には IBMメインフレームが何役も買っている)。最近はハイエンド・マシンを作る場合、ごく普通の処理性能のコンピュータをずらっと数珠つなぎにして並列処理させるのが主流です。Netezza、Teradata、Exadata といったテラバイト級のデータを処理するデータベースも、CPUとディスクを何百個も用意して「せーの」で並列処理させていますし、世界最大規模のデータベースである Google も基本的にこの方式(Google のサーバ台数は100万台とも言われる)。クラウドも同じ路線を踏襲しています。

 これから数年かかって日本が超巨大な「スーパーコンピュータ」を開発し終えたときには、きっと「プレステ4」の CPUを 100個つなぎあわせればその性能を凌駕するマシンが作れるようになっているでしょう。そんなプロジェクトに何百億も注ぎ込むことは、やはり正当化しがたい、と言わざるをえないのです。