打算が地球を救う

 COP15 が、すったもんだの末、法的拘束力のない協定合意で決着しました。その協定も、多くの具体的問題が先送りされ、長期目標の記載も削られるという弱いトーンのものに落ち着いた。メディアの中にはこれをもって、「地球救う」道筋頓挫という否定的な受け止め方をする向きもありますが、私はむしろこの決着に各国の打算と理性を見て、安心しました。各国の悪徳は全体の美徳。この妥協はきっと地球を救う方に働くでしょう。

 現場で折衝に当たった日本の外交官の中には、「どの国も自国の国益しか考えていない」という不満があるようですが、それは当然のことです。国益のぶつかり合いの中から妥協点を探すのが外交という仕事なので、変な理想を持って臨んでもらっては困る。今回、誰の目にも明らかになった重要な事実は、進んで温暖化緩和のコストを引き受けたいと考えている国はない、という基本的なことでした。

 温室効果ガスの排出規制をしようとすれば、経済発展が阻害されることになり、そこにはトレードオフが発生します。日本でも経団連は一貫してこの点に警戒を表明していますが、中国は先進国の手足を縛る一方、自国はその間にフリーハンドで追いつき追い越せという、温暖化問題の国策利用を堂々と見せつけてきました。先進国は先進国で、途上国を犠牲にする計画を考えていたり、どこだって自分勝手です。米国は、オバマ大統領が来るかどうかもよく分からないほど熱がなく(結局大統領がデンマークに来た目的の半分は軍縮打ち合わせだった)、温暖化でむしろ好影響が期待できるロシアは、前からやる気が見られない。

 そもそも、首脳クラスのインテリならば、温暖化対策がペイするプロジェクトかどうか疑問なことぐらい、承知しています。ただおおっぴらにそういうこと言うと一部の頭悪い連中が騒ぐから黙っているだけで、内心では今回の緩い結論に満足している人も多いでしょう。その点では、われらが鳩山首相もきっと同じです。

 「いや、世界に先んじて 25% 削減を掲げたのだから、さすがに今回の結論は残念なのでは」と思いますか? でも、皆さん、この目標を達成しようとしたら、どれぐらいのコストを負担せねばならないか、ご存知ですか? 答えは、国内対策だけでやるならば、17万〜77万円。それも年率 1.3% の経済成長を前提の上で。これだけ追加で払います? しかも、これは家計への影響だけでは済まない。もちろん不況にも拍車をかけることになる。

 この結果にはさすがの首相も「国民にネガティブなイメージを与えてしまう」として非公表とするよう命じました。自分の懐の痛まない事業仕分けは公開できても、政治家としての人気に関わる情報は公開できない。

 私がこの問題について現実的と考える方針は、経済発展を阻害するような温室効果ガスの排出規制は極力最後まで避け、代わりに問題解消に貢献する技術開発に多くのリソースを投入することです。今回の先送り結論を望ましいと思うのもそのためです。

 地球工学では、二酸化炭素貯留やエアロゾルなど既に幾つもの技術的解決策が考えられており、実験段階に入っているものもあります。この手のビッグアイデアは、出始めの頃は荒唐無稽といわれますが、イノベーションなんて最初はみんな夢物語なのだから、それだけで馬鹿にすることはできません。100年前に今の科学技術の発展を予測できた人なんていない。「欲しがりません勝つまでは」の精神で我慢するより、こういう「科学を科学で撃つ」攻撃的な姿勢の方が、私はずっと安く早く問題を解決すると思う。