お前はもう負けている

 大竹文雄氏のブログから。

 ノーベル賞受賞者でもあるシカゴ大学の経済学者ジェームズ・ヘックマンが、子供の就学時点でついた学力差が、その後の人生における経済格差にも直結するという研究を発表しました。この研究は、1960年代にアメリカで行われたペリー就学計画の成果を、40年間(!)にわたって追跡調査した結果、その計画の効果は非常に大きかったということを、統計的に実証したものです。

 ペリー就学計画とは、「経済的に恵まれない3歳から4歳のアフリカ系アメリカ人の子どもたちを対象に、午前中は学校で教育を施し、午後は先生が家庭訪問をして指導にあたる」という、貧困層の教育レベルの底上げを狙ったものです。

この就学前教育は、2年間ほど続けられました。そして就学前教育の終了後、この実験の被験者となった子どもたちと、就学前教育を受けなかった同じような経済的境遇にある子どもたちとの間では、その後の経済状況や生活の質にどのような違いが起きるのかについて、約40年間にわたって追跡調査が行われました。

 その結果は、有意な差となって表れました。就学後の学力の伸びに、プラスに作用しただけではありません。介入実験を受けた子どもたちと、そうでない子どもたちを40歳になった時点で比較したところ、高校卒業率や持ち家率、平均所得が高く、また婚外子を持つ比率や生活保護受給率、逮捕者率が低いという結果が出たのです

 これは凄い結果です。ヘックマンも言っていますが、学生や社会人に対する教育、あるいは失業者に対する職業訓練では、これほど絶大な効果は得られない。貧乏人ほどスタートダッシュが重要ということです。ゆとりとか言ってる場合ではない。そんなことしてたら差がつく一方です。

 ただし、この研究結果から早とちりしてはいけないことが二つあります。まず一つは、この研究は決して大人になってからの教育が無意味であることを示したものではない、ということ。ペリー就学計画は、実は子供たちの IQ を高める効果は小さかったことがわかっています。大きな違いが出たのは、学習意欲の伸びです。だから、就学後でも学習意欲があれば同じぐらいの伸びが期待できる(私もバイトで子供を教えていたことがありますが、この「やる気」を出させるのが一番難しいんですよね。その点で、教師の直観を裏付ける結果ではある)。

 もう一つは、この研究は、英才教育の効果を実証したわけでもない、ということです。IQ に対する効果は薄いわけだし、そもそもペリー計画自体、別に子供たちにエリート教育を施したわけではない。

 英才教育は時代と場所を問わず、富裕層の親御さんたちの心を惹きつけてやまないテーマでしょうが、私の私的な意見としては、多分効果はない。夢を壊して申し訳ないけど。

 というのも、もし効果があるなら、その方法論なり教材の宣伝にやはり統計的結果が使われていいはずなのに、そういう話は聞かないからです。くもんの CM に将棋の羽生名人が出たりしていますが、それだけでは統計的に有意とは言いがたい。羽生さんはくもんをやってなくても名人になったかもしれない。

 逆に言うと、幼児教育をウリにしている企業は、ヘックマン教授と同じ要領で、自分たちのところで教育を受けた子供たちの追跡調査をして、その統計分析の結果を公表すれば、本当に効果があるかどうかを科学的に示せるということです。どうでしょう、自社のやり方に自信があるなら、やってみては。

 もっとも「すいません。全然効果ありませんでした」という結果が出た場合、本人と親にどういうふうに謝ればいいか分からないという、自爆の危険があるのが難点ですが。