私はシャア・アズナブル、見ての通り軍人だ

 有楽町のイトシアで『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』を見てきました。IT 業界の底辺の閉塞感と絶望感をよく捉えていて、しかもそれを軽妙に描くことに成功しているウェルメイドな作品でした。

 ただ、IT 業界の人間にとっては、あまりに描かれている話題が身近すぎて、個人的にはちょっと辛い記憶と重なってしまうところもあった。他業界の人がこの映画を見ると「これはさすがに誇張してるんでしょう」と思う人がいるかもしれないけど、それは逆です。現実はもっとひいちゃうようなことばかりです。

 映画で描かれるデスマーチは、2週間という短期なので、終わりが見えていますが、現実のデスマは何ヶ月も続いて出口が見えないことの方が多い。しかも終わったと思うと逃げ水のように納期延長とかあるし。人間は終わりが見えていれば希望を持って頑張れるのですが、長いこと光が見えないと心が先に折れてしまう。しかも、デスマの最も悪いところは、一度では終わらないことです。過酷な環境であっても、それが一度限りであれば、火事場の馬鹿力で乗り切ることもできるのですが、デスマは構造問題なので、元を断たない限り再発する。怒鳴るしか能のないダメリーダー(品川祐)も、そのことを知っているから何も手を打たない。

 リーダーとマ男(小池徹平)が昼ごはんを食べているときに、業界の歪みについて解説するシーンで、彼は「他にどうしようもないんだ」とこぼします。「俺たちはここでしがみついてやってくしかないんだ」。残念なことに、そして腹立たしいことに、彼の認識は正しい。だから、マ男や藤田さんの活躍で、映画の最後では一つの局地戦を乗り切ったとしても、すぐにもう一つのデスマが始まる。それはいつか最終的な敗北を迎えるまで続く。

 周知のように、日本の歴史上最大のデスマは太平洋戦争ですが、いくら戦場で一人一人の兵士が勇敢に戦っても、戦争自体に勝つことはできなかった。そもそも勝算のない戦いだったのだから、戦争を回避するという判断を最高司令部がするしかなかったのです。それになぞらえれば、この映画で最大の戦犯が誰かは、自ずと分かります。そう、社長(森本レオ)ですね。

 リーダーや井出(池田鉄洋)の存在感が強すぎて影に隠れがちですが、この映画で一番の元凶は社長です。作り手もそのことを認識しており、エンドロールの後にそのメッセージを伝える印象的なワンシーンを挿れている(これから映画を見る人は注意して見てください)。現場に無関心な有閑管理職というのは、日本企業が抱える悪弊の一つですが、この連中は権力を持っているので、戦うのが結構難しい。労働者側にある一番強力な武器は、転職(または起業)です。その意味では、ラストで藤田さんのキャリアアップを邪魔しなかったマ男の見識は立派でした。

 というか、この主人公、ネタ元のスレッドでも言われていましたが、なんだかんだかなり優秀なんですよね。未経験なのにポンと設計書渡されて自力でコーディングもするし、PMとしてスケジュール管理もするし。こういう優秀な若手は早くスキルを身につけてさっさとブラック会社とはおさらばしないといけない。若者は、老人や中高年を養うために生きているのではないのですから。