美人の経済学

 実家に帰っていたとき、ちょうど今年就職活動をしている弟と、就活状況について色々話をしました。私のときも氷河期と呼ばれる厳しい時期だったけど、弟も難航しそうな様子。兄弟揃ってタイミングが悪いのも困ったものですが、今年は団塊の世代が退職を始めているため、企業としても人手は欲しい点がまだ救いでしょう。私の頃は上にドカッと中高年が居座っていたので、完全に間口が絞られていた。

 そんなわけで、今日は就職にまつわる話を一つ。

 面接において、容姿がある程度ものをいう(特に女性の場合)ことは、経験的には知られています。中にはアナウンサーや俳優、モデルのように、容姿が明示的に選考基準となる職種もあります。しかし、普通のホワイトカラーのように、特に容姿が生産性に関係するとは思えない職種において、採用時に容姿がどの程度影響しているのか、また就職後の賃金格差はどうなっているのかという点について、直観的には判断できません。また日本では、そういう容姿による労働市場での有利不利は「ない」ということが建前になっており、これを反証するデータもないのが現状です。

 しかし、アメリカにはこのテーマについての実証研究が存在し、しかもその結論は「美男美女は有利だ」という身も蓋もないものです(こういうところで、やっぱりアメリカというのは凄い国だと感心します)。テキサス大学の経済学者ハマメシュ教授たちは、面接した人の主観的判断による「美男美女度」を計測し、それが賃金に与える影響を分析しました。結果は、学歴や年齢など他の要因をコントロールしても、美男美女はブスブ男よりも高い賃金を得ている、というものでした。

 なぜ美男美女が有利なのか、という理由までは、この結果だけから推測することはできません。純粋に雇用側が容姿端麗な人物を好むという容姿差別かもしれませんし、容姿が良いことが見えない正の効果を及ぼして生産性をアップさせているのかもしれません。

 しかしどんな理由にせよ、容姿による結果の格差が生じるという事実は、労働経済学的には重要なものです。というのも、容姿が人種や身分と同じく先天的な格差要因として働いている以上、機会均等を守るためには、是正措置が必要になるからです。

 では、どういう方法で容貌の差による所得格差を解消すべきだろうか。容貌の差による所得の差は生まれ持っての資質の差が原因なので、機会均等の観点からの政策的な介入をするとすれば、ハーバード大学バロー教授が提案するように「美男美女税」、「不器量補助金」が経済学的には正しい政策ということになる。不器量な人は、このお金で「リクルート整形」をするのも自由だし、他に使うのも自由ということになる。
大竹文雄『経済学的思考のセンス』p.18)

 基本的にはこの路線でしょう。格差是正を確実に実現するのなら、「不器量補助金」は、整形のみに使用目的を限定した「整形バウチャー」で支給するのがベターかもしれません。お隣韓国では、就職に備えて整形を行うことは当然の準備と見なされていますが、日本の世論はまだ整形を手放しに歓迎するところまでは行ってないようです。しかし、整形に反対する人々は差別を温存する反動勢力でしかないので、そんな連中の「親に貰った体を傷つけるなんてけしからん」とかいう空疎な世迷いごとに惑わされてはいけません。

 整形において注意すべきは、副作用などの技術的問題と金銭的コストだけです。いずれは「私、目が悪いからレーシック受けよっ」と同じ感覚で「私、顔が悪いから整形受けよっ」と言えるところまで日本社会も進歩すると思いますが、まだ少し時間がかかるでしょう。

 また、容姿格差が問題になるのは、労働市場だけではありません。お気づきでしょう、私たちが人生で初めて面接を受ける機会があるのは、学校の入試試験です。場合によっては幼稚園でデビュー戦を迎える人もいるでしょう。

 教育の現場における容姿差別は、人生の早い段階で方向を決めてしまうだけに、労働市場におけるそれよりもはるかに深刻な問題です。学校や教師は、当然「容姿による差別はない」と根拠のない主張をすると思いますが、さてどうでしょうね。教師も人の子。生徒の中に好き嫌いがあるのは、むしろ当然です。一度ハマメシュ教授を連れてきて調査してもらった方がいいかもしれない。

 そう考えると、実は最も容姿その他の格差要因が入り込まないテスト方法というのは、昨今評判の悪いペーパーテストです。これはおそらく、人類が開発した中で一番公平な選抜方法です(だからなんだかんだで世界中で使われている)。遺伝という先天的要因を排除できないのは残念ですが、それは他の選抜方法でも同じです。逆に、容姿による影響が出やすいのが、面接とか内申書による推薦などでしょう。これはただのえこ贔屓の温床になる可能性が一番高い。特に内申書には個人的にも苦しめられた思い出があるため、私怨をこめて廃止を強く訴えます。

 話が就職から外れましたね。まあでも受験シーズンでもあるからいいか。