最も弱い環

 昨日に引き続いて、生産性とボトルネックの話を少々。

 私は仕事柄、システムのパフォーマンス・チューニングを引き受けることがあります。システム全体のパフォーマンス(簡単に言えば体感的な応答速度)は、システムの一番弱い部分によって決定されます。CPUがどれだけ高速演算可能であっても、ネットワーク帯域やディスク I/O が先に限界に来てしまえば、せっかくの高性能CPUも遊んでいるだけで、宝の持ち腐れです。だから、性能改善の仕事は、どこがボトルネックなのかを突き止めて、それが分かったらその「最も弱い環」を集中的に増強する、という流れになります。

 これは IT に限らず他の場合でも同じことで、結局、いまビジネスや消費においてボトルネックになっているのは人間の脳だ、というのが昨日の話でした。そうすると、全体としてのパフォーマンスをあげようと思うなら、新しいパソコンを買うよりも自分の脳の働きを高める方が有効だという結論になります。実際、近年、勝間和代氏の自己啓発本茂木健一郎氏の脳科学の話に関心が集まっているのは、知識労働者や学生の多くが、ボトルネックが自分の脳にあることを自覚しているからでしょう。

 脳のボトルネックを解消する手段としては、トレーニングや学習による鍛錬が、今のところは(地道だけど)最も確実です。でも、方法がこれだけしかないかというと、そういうわけでもありません。脳の働きというのは、詰まるところ体内の化学反応ですから、その反応を促進してやる薬物を利用する、という手段があります。

 こう聞くとなんかアブナイ話だと思うかもしれませんが、でも眠気覚ましに仕事中コーヒー飲む人は多いんじゃないでしょうか。あるいは景気づけに栄養ドリンク飲んだり、アルコールを飲む強者は……21世紀にはいないか。私なんか完全なカフェイン中毒で、仕事のときはコーヒーなしじゃとてもやっていけません(半分は味が好きで飲んでるのですが)。カフェインもだんだん効かなくなってくるので、もっとパンチのきいた薬があればなあ、とかつい考えてしまう。

 アメリカ人はもっと露骨で、生産性向上のために薬物を使うことに、我々よりずっとためらいがないようです。『ER』では新米ドクターのナイトが激務に耐えるためリタリンをガバガバ飲んでたし、『デス妻』ではリネットが徹夜作業を乗り切るため、子供の注意欠陥障害の薬をくすねて飲んでスーパーマンみたいになるエピソードがありました。ここまで来ると、麻薬まで手を出すのはあと一歩、という感じです(事実、麻薬は生産性向上を支援するツールとして使われてきた歴史を持っている)。

 現在の麻薬はちょっと副作用が強いので、長期的に見れば生産性を低下させてしまう可能性が高いでしょう。でもいずれは技術も進歩して、副作用が軽くて、脳の機能を10倍にアップさせる夢の「アタマの良くなる薬」が開発されるかもしれない。そのときには、再び社会全体のボトルネックの位置が変わることになるわけですが、でもまあ、そんな心配が実現するのは当分先のことだろうなあ。