勝算のない戦いはしない

 これまで非公開だった文部科学省報告書によれば、スパコン開発でアメリカに勝ち目がないことは、既に昨年7月時点で内部では分かっていたという。NEC撤退の本当の理由もここにあるようです。この事実は一面では、当事者たちが「勝算のない戦いはしない」というクールな状況判断をできていたということなので、ふむふむと頷けるのですが、一方で、それと知りながら事業仕分けアメリカに勝つつもりでやっていると答弁するのは、いただけない。

 やってる本人たちが勝ち目の薄い戦いだと承知しているにもかかわらず、国民には戦費の調達を要請する。全く、他人の金ならいくらでもドブに捨てられるというものです。

 こういう数々の官僚の無駄遣いから得られる一般的教訓は、プロジェクトを無限責任の体制で遂行してはいけないということです。無限責任だと、結局失敗したときに大きすぎて誰も責任を取ることができず、全く責任が取られずに終わる。無限大の責任は責任ゼロと同義なのです。今の日本の官庁は実質こういう状況です。責任を取らなくていいと、当然のことながら誰もプロジェクトに真剣に取り組まなくなるので、成功率はますます下がる。悪循環です。

 この悪循環を断ち切るための手段として生み出されたのが「会社」という有限責任の組織です。会社もいろいろな大プロジェクトを遂行することを目的とする点では官庁と変わりませんが、違うのは、責任を株主、経営者、社員で細分化して分担することで、個々の負うべき責任範囲を有限にしたことです。これで個人は現実的な範囲で責任を取ることができるようになった。株主は会社が経営破綻したら株券が紙切れになりますが、逆に言うとそれ以上の損失は負わなくていい。社員も職を失うけど、借金まで背負う必要はない。逆に、決められた範囲の責任は、泣こうが喚こうが負わなければならない。「お願い、見逃して」なんて言い逃れは通じません。

 有限責任は、こうすることでモラル・ハザードを防ぐ優れた仕組みです。この点から見ると会社は、メンバーにプロジェクトを成功させようというモチベーションを持たせるための制度だということです。だから JAL みたいに破綻しても国が税金注ぎ込んでしまうと、社員は「頑張らなくても職を失わないからいいや」と思って頑張らない。今回の公的資金注入は経済全体への影響を考えればやむをえないのかもしれないけど、今後どうやって社員のモラル・ハザードを防ぐかは課題として残ります。