介護士よりも借金取りの方が社会の役に立っている

 ギリシアの財政危機は、EU と IMF が支援策を明らかにすることで、落ち着きを見せつつあります。しかし、各国とも心中は穏やかではない。それは、経団連の御手洗会長が、この問題を他山の石と評したとおり、ギリシアの財政がここまで悪化した原因は、ギリシアやヨーロッパだけに固有のものではなく、先進国ならどこでも抱えている問題が根底にあるからです。Newsweekは「アメリカを含む事実上すべての先進国が、ギリシャと同じ現実──高齢化で医療費と年金の支出がかさみ、税収だけではまかないきれない──に直面している」ことが財政危機の真因であり、「ほとんどの富裕国に同じような未来が待ち受けている」と不吉な予言をしています。

 失業保険、高齢者への介護支援、公的医療給付といった社会保障制度は、近代国家が達成した成果の中でも一、二を争うぐらい素晴らしいものだったことは間違いありません。これがあるおかげで、私たちは飢える心配なく生きることができる。日本ではいまこのシステムが機能不全を起こしているとはいえ、それでも 100 年前に比べたら衣食住の充実振りは比較になりません。

 でも、先進国の多くが後期近代に入り、少子高齢化が進むにつれ、福祉国家というスキームは綻びを隠せなくなってきました。年々増える高齢者の医療費が財政を圧迫し、現役世代へ負担を転嫁することで経済成長を阻害してさらに財政を悪化させるというスパイラルに、どの国もはまりつつある。実は、先進国の中で一番最初にこの問題で財政破綻するのは日本だと思われていたのですが、今回、図らずもギリシアが先に音をあげた。

 それでも、ギリシアは完全にツキから見放されたわけではありません。というのは、ギリシアの借金は外債がメインなので、厳しい借金取りが外圧をかけてくれるからです。貸し倒れになっては洒落にならないので、EU 諸国は有無を言わせず財政健全化を行わせるよう圧力をかけてきます。ギリシアの人々は自分たちの負担を増やすこの方針に反発して、連日のデモがニュースで放映されていますが、鬼の IMF は容赦しない。

 借り手から見れば、借金取りというのは、それは目ざわりな存在で、煩いこと言わずホイホイと無駄金突っ込んでくれる「優しい」貸し手のほうがいいに決まっています。しかし、借金取りは、放っておけば借りた金を浪費し続ける借り手に手綱をかける重要な役割を持っています。慶應義塾大学小幡績准教授も言うように、彼らは財政を健全化し、社会を安定化させるスタビライザーなのです。

今日のいいニュースは、欧州が、今後の財政規律の枠組みを発表したからだが、これは実現すれば、本当によいことだ。各国がきちんと財政規律を保つかどうか、EUでチェックする。常々言っているように、財政は外部からの枠組みなしでは規律は保てない。破綻して初めてIMFが入って来て、再建に成功する、というのがこれまでのパターンだが、どんな形にせよ、外部の力が必要だ。
「ワイドショー VS エコノミスト」

 アテネの道路で火炎瓶を投げて警官隊と衝突を繰り返す人々は、今は IMF と EU が憎いでしょう。でもいずれ感謝する日が来る。

 一方、翻って日本を見てみると、日本もギリシア以上の借金大国でありながら(ギリシアの政府債務のGDP比は110%。日本は190%)、借金取りの「外圧」がまったく存在しないことが分かります。いや、もちろん借金をしている以上、貸し手はいるのですが、日本の場合、ほとんどが内国債で、しかも個人が購入している比率が大きいため分散されていて、大きな圧力団体が形成できないようになっている。こういう状況だと、借り手(国)は幾ら借金が膨らんでも誰からも怒られないので、いい気になって際限なく借金を膨らませてしまう。モラル・ハザードの典型です。前掲の小幡氏も、「破綻を誘発する、規律がきかないシステムに意図的になっている」と嘆いている。

 本当は、財政というのは借り手と貸し手の緊張感溢れる関係があってこそ、健全な状況が保たれるのですが、日本はこの手の、社会に緊張を強いる制度を嫌うところがある。甘えているのだ、と私など思うけれど、でも、もうそんなことは言っていられなくなります。マーケットの審判から逃れられる国はないので、日本も数年のうちに被告席に立たされるでしょう。市場の審判はおそらくインフレという形でやってきます。そのとき国債の価値は暴落し、国の抱えた借金はなくなり、財政は再びバランスを取り戻す。裁かれた多くの人々(大半はなぜか国債が紙切れになるまで手放さなかった高齢者)を残して。