買い占めを止めさせる方法

 今回の震災の特徴の一つは、直接被災した人たち以外にも、広範囲にわたって多くの人の生活に影響を及ぼしたことでした。多くの人が不安を感じている放射性物質の拡散や、本番は今夏だとも言われる計画停電は、東京以西の人々の生活にも大きな打撃を与えています。中でも、文字通り物理的に生活を直撃しているのが、メディアでも大きく報じられている買占め(panic buiyng)です。被災地以外のスーパーや小売店からミネラルウォーター、米、パン、保存食といった食料品が姿を消し、乾電池やガスコンロといった電化製品やガソリンも品薄が続いています。中には、買い占めた乾電池を高値で転売するという、戦後の闇市さながらの暗躍を見せる輩までいて驚かされます(しかも高値で買う人がいるという事実に二重に驚いた。なぜか週刊少年ジャンプまで値が高騰しているけど、この理由は不明)。

 買占めの悪いところは、言うまでもなく、経済全体で見たときに全体最適を阻む点です。具体的には以下の二つが挙げられます。

  • 水、食料、燃料といった生命維持に欠かせない必需品が不足し、被災地に届かない。これは非常に深刻な被害を及ぼします。枝野官房長官会見で「燃料類を買い占められると被災地の救援に支障をきたす」とコメントしたとおり、間接的に被災者の命を奪っているようなものです。
  • 需要が偏ることによる他の市場の冷え込み。3/16 に、東京副都知事の猪瀬直樹氏は、Web 番組で「買占めよりも外食を」と異例の呼びかけを行いました。いまスーパーなど小売業が特需に沸いているのに対し、日本全国の外食産業は思わぬ打撃を受けています。計画停電の影響もあって、夜に外食したり飲みに行ったりという人は減っています。これが長期化すれば、資金繰りが苦しくなって倒産するレストランや飲み屋が相次ぐでしょう。そうすると今度は原発ではなく日本経済がメルトダウンを始めるという非常事態が発生します。

 
 買占めは、このように百害あって一利ない行為です。地震発生から一週間が経過し、物流も安定を見せてきているので、騒動はまもなく収束すると見られていますが、しかしこれが人々の不安な心理から起こる行動である以上、また何らかの不安材料を契機に再燃しないとも限りません。その意味でも、今後、こうした買占めやそれに伴う物資不足が発生した場合に、どういう方法で事態の収束を図るか、対策を持っておく必要があるでしょう。

 こういう場合、集団的な行動を制御するための方法は、レッシグの分類によれば規範、法、市場、アーキテクチャの四つです。以下、この分類に従って、どういう方法で買占めを抑止できるか挙げてみましょう(参考:「違法コピーを防ぐ四つのおまじない」)。

  • 規範:「買占めは悪いことです。人倫に反することです」という人々の良心に訴える。既に多くの指導者が会見などで声を枯らして訴えていますが、残念ながら効果があがっているとは言えません。その共同体倫理意識の高さを海外メディアから賞賛される日本人ですが、「我が身が危ない」と思えばさすがに自分を優先せざるを得ない。ただ、今回に関して言えばその危機感は多分に勘違いが入っているので、「そんなに心配しなくていいのですよ」というメッセージを発する、という方法は有効でしょう。例えば、鹿野農林水産大臣が「政府の備蓄米 100万トンはいつでも放出できる」というメッセージを出していますが、こういうのはもっと大々的にアピールすべきです。また、Twitter 上では「みのもんたに買占め抑制を呼びかけてもらう」という珍案が出ていましたが、もしみの氏が本当にやれば効果あるでしょう(買い占めをする層とみのもんたのファン層は、かなりかぶっていると想定されるからです)。
  • :買い占めを法的に規制する。今は小売店が「乾電池はお一人様一つまで」のような形で自発的に規制をしているところもありますが、これはあくまで購買者への「お願い」なので、強制力はありません。かなり強引なオプションで、普通なら実施は考えられませんが、今回に限っては枝野長官は検討中と明かしています。物資不足が長期化すれば実施される可能性はゼロではありません。
  • 市場:ズバリ、値上げです。需要曲線を見れば明らかなように、価格が高くなれば購買量は減ります。野口悠紀雄氏が「電力需要抑制のために価格メカニズムの活用を」という提言をしており、多くの経済学者もこれに賛同するでしょう。効果があるかどうかは、価格弾力性に依存するのでやってみないと分かりませんが、やらないよりマシなことは確かです。ただ、この方法の最大の難点は、非経済学的なところにあります。例えば、一つの店舗だけで米を値上げしても、他の安い店に買いに走るだけです。やるなら一斉にやらないと意味がない。電力の場合は事実上東電の独占なので、東電一社がやればいいのだけど、その場合「自分たちの起こした事故で金儲けする気か!」という批判が起こるのは必至です。値上げ分を全て復興財源に充てれば東電に儲けは出ませんが、そういう弁明はおそらく通じないでしょう。今でさえ批判が集中している東電と政府が、果たして国民の大半を敵に回す勇気を振り絞れるか(これまでの対応を見ていると望み薄な気はする)。
  • アーキテクチャ:物理的に棚に物を置かない。そして被災地に優先配分する。電力という商品を買わせないという点で、計画停電もこの方法の一種です。政府が本気になれば電力以外についても物流統制を行い、配給制にするでしょう。有無を言わせぬ強制力がありますが、下手をすると不安に駆られた人々が「打ちこわし」に入るかもしれない。「日本では災害時にも略奪が起きない。素晴らしい」と海外メディアの一部は感動をもって伝えていますが、日本人が昔からそんなに行儀が良かったわけではありません。今だってライフラインが長期にわたって損なわれれば、大規模な略奪が起きないとは言えない。

 
 今回、規範については実施済み、法は検討中、市場とアーキテクチャは未検討、という状況です。法とアーキテクチャはかなり実施コストのかかる大掛かりな方法なので、市場による解決がまずは第一候補になるのは自明ですが(これは値札の付け替えだけでやれる)、この選択肢には大きな心理的ハードルが立ちはだかっている。それを乗り越えることができるか、私は注目しています。