『Wall Street Journal』「セックスは体にいい」

 セックス(およびその代償行為)が体にいいのか悪いのか、という議論には長い歴史があります。人類発祥とともにある営みだから、もしかすると同じぐらい古い歴史があるのかもしれない。でも、本来が秘めやかに行われる行為なので、あまり大々的に調査の対象となることはなく、議論にはまだケリがついていません。

 この古い古い問題について、米国で最大の発行部数を誇る新聞『Wall Street Journal』が現在までの研究結果を総合した結果をまとめました。結論としては、「セックスはビタミン D とブロッコリーぐらいには体にいい」("The Joy of Researching the Health Benefits of Sex")。WSJ の日本版のサイトにはこの記事は載っていないようなので、以下で簡単に内容を紹介します。

セックスは、ストレス発散、睡眠改善、カロリー消費に役立つだけでなく、他にも良い効果を持つ。例えば、痛みを和らげる、精神を落ち着かせる、血管を強くする、免疫機能を高める、前立腺癌と乳癌のリスクを下げる、といったものだ。

 しかし、先述のようにセックスに関する事柄は、秘密にしておくのが普通なので、「こうした研究は、ちゃんとセックス活動について記憶していて、それを正直に報告してくれる人々に頼っている」。そして多くの場合、原因と結果を区別することが難しい。セックスが健康に寄与するのか、それとも単にもともと健康な人がバンバンやってるだけなのか?

「実際のところ、断定するにはもっと研究が必要だ」というのが泌尿器科の医師にして『Journal of Sexual Medicine』の編集長も務めるアーウィン・ゴールドスタイン氏の見解。……「こういう研究をやろうとしても、なかなか資金を集められない。研究計画に『セックス』という文字が入ってたら、あなたなら承認を出してくれますか?」

 どうも科学者とか研究者の話というのは、最後には「もっと金を」というところに落ち着いてしまう傾向があるようですが、まあそれはどの業界でも同じですかね。

 それでも、セックスの生理について研究の結果明らかになったことを見てみると、少なくともセックスが多少は健康に良い、少なくとも悪くはない、ということが浮かび上がってきます。まず、科学的調査などしなくても誰でも知っているように、セックスにはリラクゼーションの効果があります。

その効果の多くは、セックス中のホルモンと神経伝達物質の上昇と下降という、化学的プロセスによる。性的興奮はドーパミンを放出させ、大脳の欲望中枢と報酬中枢を活性化させる。ちょうどチョコレートを食べたときや、ギャンブルに勝ったときと同じ効果がある。

 セックスはまた、オキシトシン(子宮収縮ホルモン)の分泌を促す。これはパートナーとの結合を深め、恐怖を取り除き、エンドルフィンを増やす物質で、天然の鎮痛剤である。セックスが背部痛や偏頭痛といった痛みを一時的に和らげるのは、この物質のためである。

 イッた後にはドーパミンのレベルが急落する一方、プロラクチンのレベルは上昇する。これによって、特に男性の場合に、満足感と眠気がもたらされる。「リラックスするのは結構なことなのだが」と言うのは、ウェストスコットランド大学の心理学者 Stuart Brody 氏。「タイミングには気をつける必要がある」。というのも、2006 年に 1万人のイギリス人男性を対象に行った調査では、48 % がセックスの最中に寝入ってしまうそうだ。

 こうしたリラクゼーション効果以外の利点としては、以下のようなものがあります。

  • 適度な運動:セックスは一般に思われているほど激しい運動ではない。平均的には 1 分あたり 5Kcal 程度、トータルで 50 〜 150 Kcal。また、脈拍は125、血圧は 160 程度まで上昇する。これは建物の階段を二階上がるのと同じぐらいの負荷。幾つかの研究によれば、この程度の運動を定期的に続けることで心臓血管の問題を予防できる。あるイギリスの研究は、一週間に 3〜4 回のオルガスムを持つ男性のグループは、それより少ない男性のグループよりも心臓発作を起こす率が半分であることが示されている。この理由は、オルガスムが血液循環と動脈拡張を助ける DHEA ホルモンの放出のトリガーであることだと考えられている。一方で、勃起障害は心臓病の初期兆候の可能性があり、バイアグラなどの薬の導入がこうした潜在的な心臓病患者の健康を悪化させることが懸念されていたが、現在のところそれを裏付ける証拠は見つかっていない。
  • ホルモン分泌:頻繁なセックスは男性にテストステロンの分泌を促す。これは筋肉や認識力の発達に関係する重要なホルモンで、セックスがテストステロンを増やす効果については、1970年、『Nature』の有名な論文で実証された。
  • 中出しの効用:話がどんどん下品になって恐縮ですが、2002 年に ニューヨークで 293 の女子大生を対象に行われた研究では、コンドーム付きでセックスをしたり、全然セックスをしない女性に比べ、中出しセックス(unprotected sex)をする女性の方が、より快活であることが示された。研究者たちは、精液の中に含まれ得るテストステロン、エストロゲン、プロラクチン、プロスタグランジンが子宮壁から血液に吸収され、精神をハイにしていると述べている。だが、妊娠と性感染症のリスクを考えると、ちょっと中出しを推奨する理由としては弱い。
  • 発癌抑制:興味深いことに、頻繁なセックスは幾つかのタイプの癌にかかるリスクを低減する(記事の最初でブロッコリーと比較されているのは、ブロッコリーも発癌抑制効果があるから)。2万9000 人を対象にした 2004 年の研究では、月 21 回以上の射精を行う男性は、4 〜 7 回の男性に比べて前立腺癌にかかるリスクが非常に低かった。「定期的にタンクを空にするのが前立腺にはいいらしい」( Goldstein 博士)。ただし、この結果には若干怪しいところもある。というのも、データを集めるときに、40 年前にどの程度の頻度で射精していたかを訊ねているので、アンケートに答えた人々が過大に「オレの絶倫自慢」をしている可能性がある。なお、女性の場合も同様に、1989 年のフランスの研究で、頻繁なセックスが乳癌のリスクを下げることが示された。ただしこちらの場合、メカニズムに不明点が多い。
  • 寿命を延ばす:幾つかの研究によれば、セックスは長寿の秘訣。『British Medical Journal』によれば、1 ヶ月に 1 回以下しかセックスをしない男性は、週 1 回セックスをする男性より、10 年以内に死ぬ率が 2 倍高い。デューク大学が 60歳から 96 歳の男女を対象に 25 年にわたって行った研究によれば、男性はセックスの回数が多いほど長生きする。女性の場合も同様。

 とまあ、メカニズムが分からないなど、怪しげなところはあるにせよ、セックスは少なくとも少しは体に良い、少なくとも悪いものではない、というのは確かなようです。それでは、私たちは明日から健康になるためにセックスに励むべきか? 「その必要はない」と記事は最後に釘を刺しています。「重要なのは、あなたがセックスに満足を感じること、そしてセックスに大事な意味を見出していることです」(Janssen 博士)。「あなたが今の頻度で十分に満足しているなら、それがあなたにとっての健康なのです」。

 はい、お説のとおり。スポーツ新聞みたいにニヤニヤせず、最後まで真面目にまとめてくるところが、『WSJ』の『WSJ』たる所以でしょうか。もっとも、書いてる記者は明らかに楽しんでるけど。