フリーライダー化する女性たち

 職場に女性が進出するようになって以来、出産・育児休暇を取得する女性の職場での処遇というのは、常に論争の的です。特に、企業は規制によって出産を理由に解雇することができないため、女性には制度を悪用してフリーライダーになるインセンティブがあるのではないか、という疑念は、実証的とは言えないにしても、理屈としては分からなくもない。

 この問題には、少なくとも以下の三つの側面が指摘できます。

   ・労働市場における公平性の問題
   ・合成の誤謬による全体最適の阻害
   ・費用の負担者と便益の受益者のバランス

 まず公平性については、こと労働市場においては、出産および育児を行う女性は「弱者」の立場にある、という事実を確認しておく必要があります。最近では特に若い世代を中心に男性も育児に参加することが増えてきたため、かつてほど女性だけが育児を負担するわけではないにせよ、出産は現在のところ女性にしか出来ません。

 かつ、女性は別に望んで出産能力を求めたわけではありません。神様がサイコロを振って 1/2 の確率で子宮と卵巣を与えられただけで、本人の意思は介在していない。そのような自ら望んで得たのではない属性による採用時の差別や解雇は、人権侵害以外のなにものでもない。この「公平性」の担保が、産休制度の倫理的基盤です。解雇規制緩和の議論は、残念ながら妊娠した女性のクビを切るための根拠を提供しない。

 しかし、子供を産む産まないは本人の意思で決められることなのだから、出産を望む女性を解雇したり、採用しないことは、完全に差別とは言い切れないのではないか、という反論があるかもしれません。この反論に答えるには第二の問題である、合成の誤謬全体最適について考える必要があります。

 本音では、女性を雇いたくないと思っている企業は多い。『Economist』は日本ほど女性の力を浪費している先進国も珍しいと指摘していますが、企業の側にも合理的な理由があるのです。経験を積んで戦力となった女性が出産を機に一線を退くことは、教育投資をまるまる無駄にすることになる。そのようなリスクを恐れる企業が、戦力として安定性を期待できる女性よりも男性を雇いたいと考えることには、一定の合理性がある。しかし、もし全ての企業がミクロの合理性に従って、そのように男性または出産を諦めた女性しか雇わないことにした場合、何が起きるか。その状態を小倉秀夫弁護士は戯画的に「女性を雇う際は避妊手術を義務化する」と表現していますが、そのような社会は再生産機能を大きく損ない、数世代を経ずして消滅するでしょう。これは極端な思考実験だとしても、働く女性に妊娠を禁じることは、少子化に拍車をかけることはあれ、止めることはないでしょう。

 つまり、現在の労働法による女性の解雇規制は、放っておけば男性ばかり雇いたがる企業のインセンティブを修正して、合成の誤謬を防止する効果を持っているのです。子供は共同体の存続に不可欠な財です。子供が減ることはどのような企業にとっても潜在的な顧客と労働力の双方を失うことを意味します。従って長期で考えれば、企業にも女性の出産を支援する動機はあるのですが、その便益は社会に薄く分散して広がり、コストは企業にだけ集中するように見えてしまうため、短期的には女性を敬遠するインセンティブが働く。

 しかし、「妊娠した女のクビを切れ」派の言い分の中でも、一つだけ考慮に値する意見があります。それが、最後の問題である費用と受益のバランスです。現在の制度では、産休・育休のコストは、企業が負担している(つまり、職場に残された社員が負担している)。その結果、ある程度規模の大きい会社でないと、業務の継続性に影響が及ぶという事態も起きている。10 人程度の小企業では、たとえ 1人でも抜けられるとカバーが厳しい、というのも分かる話です。規模の小さな会社の社員ほど「不当に大きなコストを強いられている」と感じる。

 女性は社会全体のために子供を産み、育てるという。それなら、そのコスト負担は私企業ではなく社会全体で行うのがスジではないのか。具体的には、社員が育休に入るたびに国から企業に、損失補填金を出すべきではないか。そうしたら、企業の負担も規模によらず平準化され、企業ももっと、妊娠した女性に対して優しくなれる。職場に残って仕事を支えねばならない社員たちも、素直に「おめでとう」と言えるようになる。これは、一考に価する制度だと思います(財源の問題はあるにせよ)。もしかすると、もう実践している国や自治体があるかもしれない。

 いずれにせよ、女性のフリーライダーを敵視する人々は、敵を間違えているのです。子供を産む女性は、それだけで社会に貢献している(将来子供がニートや生保受給者になるとまた話はややこしいが)。もし彼女らがフリーライダーに見えるとしたら、それは費用と便益の関係を見誤っているか、正しく費用と便益を対応させられていない制度のせいなのです。

 それでも納得がいかない、という人には、女性のフリーライダー化を完全に防止する秘策があるのでお教えしましょう。それは、男性の給与を下げることです。できれば 200 万円以下に。妊娠して育休をフルに利用する女性は、当然ながら年収も相当低くなります。彼女は自分で稼ぐつもりなど毛頭なく(何しろフリーライダーだ)、間違いなく旦那の稼ぎをアテにしています。従って、旦那が自分と子供を養うことができないぐらいの稼ぎしか得られなければ、彼女は働かざるをえなくなります。どうです? 多くの女性が出産を諦めて鋼鉄の企業戦士になること請け合いの作戦です。フリーライダーを憎む経営者の皆様には、是非お勧めです。