人に本当のことを言わせる方法

 昨年の大晦日、オウム真理教の特別手配犯になっていた平田信容疑者が警察に出頭するという事件がありました。このときの経緯は、平田容疑者は警察に出頭するも、イタズラだと思われてなかなか本人だと信じてもらえず、たらいまわしにされるという喜劇的なものでした。

 明けて 1月4日、レストランなどの口コミ投稿サイト「食べログ」に、順位操作を請け負う業者が存在しているというニュースが報じられました。食べログ側は、もし本当ならば法的対処も検討すると強い姿勢を見せるほか、消費者庁も調査に乗り出すなど、今後さらに大きな騒動に発展する可能性もあります。

 この両者の事件は、かたや警察、かたやネットビジネスと、全く異なる分野で起きたものですが、構造的にはよく似ており、共通の問題を提起しています。それは、「膨大なデータからノイズ(ゴミ情報)を排除するにはどうすればいいか」という課題です。

 警察は、平田容疑者への対応のまずさを認めて、今後は気をつけるという旨のコメントを出していますが、これはほとんど無内容なものです。というのも、現場の警官が最初、平田容疑者を言うことを信じなかったのは、こういうケースではノイズの確率が高いからです。警察へのタレコミや出頭、あるいは 110 番の電話などに寄せられる「情報」のほとんどはゴミです。だから、不運にも大晦日を署の宿直室で過ごしていた大崎署の警官が「え、お宅が平田信? あーはいはい。(本当はすっごく暇だけど)今忙しいんだよ。残念だな、せっかく名乗り出てくれたのに。そうだ、警視庁にいきなよ。あそこなら話聞いてくれるから」とあしらったとしても、仕方のないところです。

 一方、食べログでレストランをべた誉めしてランキングを上げる業者についても、話は同じです。この業者がなぜ迷惑かと言えば、その情報がノイズとなってランキングの信憑性を下げるからです。つまり、両者の事件は、いかにして本当の情報(シグナル)を増やし、雑音(ノイズ)を少なくするか、というSN比問題を提起しているのです。

 レッシグ四分類に従ってこの問題を考えてみると、以下の対抗手段を挙げられます。

  • 法律:ウソをついた人間を罰する。実際、裁判では偽証罪という形でこの方法を採用しています。平田容疑者のケースでは効果的ですが、食べログ問題への適用は難しい。少し頭の回る業者なら、あからさまなウソはつかず、良いところを強調し、悪いところは書かない、という戦術を採るでしょう。業者はウソをついたわけではない。
  • 規範:人々の良心に訴える。あまり効果はない。
  • 市場:ウソをつく人が損をし、本当のことを言う人には得をするような仕組みを導入する。例えば、今の日本の法律では、指名手配の容疑者が出頭しても、罪は軽減されないそうです。しかし、自首と同様に罪を軽減すれば、本物の指名手配犯が出てくる率が上がるかもしれない。また、Amazon がやっているように、レビュアーに対する評価システムを導入することで、人々に参考になるレビューを書くインセンティブを持たせる、というのも考えられます。
  • アーキテクチャ:ちょっと現実的ではないのですが、携帯できるウソ発見器でもあれば、警官もだいぶ仕事がやりやすいでしょう。米国には「顔を見ただけでウソを見破れる」と豪語する猛者もいるそうですが、どんなもんでしょう。食べログの場合なら、レビューコメントを全件検索して業者に特有の言語パターンを発見して分録するとか。まあちょっと難しい。

 私が思いつくのはざっとこんなところですが、もっと良いアイデアがあれば教えてください。

 なお、食べログ問題については、一部に食べログ(を運営するカカクコムグループ)を批判する向きがあるようですが、これは的を外した批判です。食べログ側が業者にお金を払ってやらせたわけではないのだから、食べログはむしろ SEO 業者に苦しむ Google と同じ立場の被害者です。また、食べログ側が意図しているような法的措置によってこうした業者を撲滅することは難しい。「やらせ」業者は、いわば SEO 業者や、売れないアイドルのイベントを盛り上げる「サクラ」と同じだからです。もし食べログ業者を違法とするなら、SEO 業者やサクラ行為も違法にしなければならない。それは現実的には難しい。やはり、ノイズを減らす仕組みを作って解決することが現実解のように思われます。

参考:青木理『IT社会の経済学』

 「1-3 ユーザ評価システムの実態」において、コンテンツのレーティングがうまく機能していない Youtube において、どのようにそれを改善可能か、経済学的な観点から考察しています(Youtube は別にヤラセに悩んでいるわけではないが)。本エントリを書くにあたり参考にさせてもらいました。

2012/1/22付記:アーキテクチャによる解決は現実的に難しいのではないか、と書いたその数日後、ステログというヤラセレビューを判定するサイトを作られた方がいます。いや凄い。まだ判定精度に問題があるようですが、でも私の予想が甘かった。こういう「技術を技術で撃つ」発想は素晴らしい。