正しい差別

 名作ドラマ『ER』に学ぶ社会学のお時間です。本日取り上げるシーンは、3rd・シーズンで黒人外科医のベントンとその下で修行中の、同じく黒人医学生ガントがロッカールームで会話を交わすシーンです(本当は、ある理由からガントがベントンに詰め寄る激しいシーンなのですが、そういう背景は関係ないので省略)。

 ガントが「先生は大学入試のとき、黒人欄にマルを付けましたか?」と訊ね、ベントンは「いいや。お前は」と返します。ガントもそれに対して「付けていない」と言う。ベントンはさらに続けてこう言います。「でもな、周りはそうは見ない。お前も俺も、黒人枠を利用したと思っている。だから、そうでないことを証明するために、人の2倍の成果を出さなければならないんだ。」

 この後も、二人の不毛な遣り取りは繰り返されるのですが、それはまあいいでしょう。これは、アファーマティブ・アクション(Affirmative action)と呼ばれる社会政策で、黒人やヒスパニックなど差別と貧困のせいで正当な社会的機会を与えられていない集団に対して優遇措置をとるものです。具体的には、大学入試で合格点を下げたり、「黒人枠」を設けたりします。ベントンとガントの二人は、プライドが高いので敢えてこの「お情け」制度を利用しなかったのです(そして、それでも合格するだけの実力があった)。

 このアファーマティブ・アクションは、肯定的差別や逆差別という訳語があてられたりするとおり、基本的には差別の一つです。ただ、「善意の」差別である点が違う。違う・・・・・・ということになっている。でも実際には、自由放任を尊ぶ新自由主義(ほぼ共和党と同義)からはもちろん批判を受けているし、実際に効果があがっているかどうかも疑問がもたれています。ブッシュはこの政策に反対だし、差別は差別ということで、違憲判決も出ています(でも制度自体はスレスレで存続している)。そして、ベントンたちみたいに、当の被差別者の中にも「俺たちをナメてんのか」という反感を持つ人間もいる。

 日本では、良くも悪くもここまで露骨なアクションはとられません。むしろ日本では、私大の大学入試のときに附属高校の生徒に下駄を履かせて問題になる事件が時々報じられるぐらい。これは伝統的な普通の差別です。後は、女性差別撤廃が近いと言えば近いのだけど、私がぱっと思い浮かべたのは高校野球21世紀枠。平等なトーナメント勝ち抜きによる選抜ではない、という点で同じかな、と思ったのだけど、やっぱりこれはちょっとずれてますね。あまりいい例がないな。

 というグダグダなまま本日は閉講。