国体をめぐる冒険:半藤一利『日本のいちばん長い日』

1945年7月26日にポツダム宣言が日本政府に突き付けられたとき、これを真面目に受け取った人間は、政府にも軍にもいませんでした。すでに沖縄は多大な人的被害を出したのちに占領されていましたが、軍と政府はすでに本土決戦の意思を固めており、むしろ沖縄戦は十分な時間を稼ぎ、米軍にも相当の被害を出したことで「成功」モデルとみなされていました。同じことを本土決戦においても行えば、米国と有利な条件で講和を結べるに違いないという「一撃講和」論が、この時点の政府の戦略でした。

 ところが、原爆投下とソ連の参戦という衝撃的な二つの事件が起きたことで戦局はいよいよ最悪となり、御前会議において昭和天皇が降伏を指示する「聖断」を行い、ポツダム宣言の受諾が決まり、8月14日に宣言の正式受諾を連合国に通知しました。教科書的な記述をすれば、そのような流れになりますし、日本史の記述問題であればこれで正解がもらえるでしょう。

 しかし、本書はそのような大きな流れの中にあっても、意思決定の現場では一筋縄ではいかない鍔迫り合いがあったことを明らかにしたノンフィクションの名作です。ちょうど14日正午から1時間刻みで様々な人物の視点からドラマが展開する手法で24章が構成されており、海外ドラマファンならばすぐにピンとくる『24』と同じ形式で物語が進みます(時系列的には、真似したのは『24』の方でしょうが)。

 すでに戦局の挽回が不可能なことを認め、早期講和に積極的な米内外相と、陸軍の暴発を抑えつつ可能な限りソフトランディングを目指す阿南陸相のせめぎあい、永遠に一致を見ないと錯覚するような閣議を何とかしてまとめあげようとする鈴木首相の粘り腰、玉音放送の録音を極秘裏に依頼されるメディア関係者の緊張など、本書のどのページを読んでも緊迫する人間ドラマは、元祖『24』と呼んで差し支えないくらいです。

 しかし、本書の中でひときわ異彩を放つのは、彼ら終戦工作に尽力した男たちではありません。むしろその動きを阻止しようとした人々 ―― クーデターを計画した陸軍の士官たちです。歴史の教科書には綴られませんが、あくまでも徹底抗戦を叫ぶ陸軍の一派は、ポツダム宣言受諾に動く政府首脳の動きを察知するや、首都防衛の近衛師団などを動員して実力行使に訴え、天皇を奪取して継戦へとひっくり返そうと策動していました。宮城事件の名で知られるクーデター未遂です。

天運がどちらに与するかそれはわからないでしょう。どちらに与してもいい、判決は実行することによって定まると思うのです。そしてその実行が、純粋な忠誠心より発露しているものである以上は、臣道としてなんら恥ずるところはありません。……中佐殿、私は、まず宮城内に陣どって外部との連絡を断ち、時局収拾の最後の努力をこころみるため、天皇陛下をお助けすべきだと信じます。将校総自決よりその方が正しいと思います。近衛師団との連絡はもうついているのです。必要な準備はととのっております。あとは、少数のものが蹶起することによって、やがては全軍が起ち上り、一致して事にあたればいいのです。成功疑いありません。
(Kindle の位置No.1436-1442). 文藝春秋. Kindle 版. )

 これは、計画の中心人物である畑中少佐の言葉です。普通、軍人というのは結果に最もこだわる職業のはずですが、その軍人が「結果はどうでもいい」と断言するのは、相当に奇異なことです。敗色濃厚な現実を前に破れかぶれになっているのだろう、と切り捨てることもできますが、しかし奇異というならば、陸軍はすでに戦前からかなり奇異な軍隊でした。二・二六事件や五一・五事件のようながっつりクーデターが頻発し、事後承認によって不問とされたものの、満州事変に代表される現場の独断が横行しており、上位下達と絶対服従がルールの近代的軍隊としては、異質としか言いようのない組織でした。普通であれば、軍の最高指導者である天皇が停戦を決断し、陸相がそれに従うよう命令した時点で、全将兵がそれに従うのが軍隊というものです。

 もっとも、畑中少佐らの言動を追っていくと、彼らにも彼らなりのロジックというか、行動原理があることが分かります。それが「国体の護持」です。戦時中の日本には、軍にせよ民間人にせよ、戦中は人命を軽視する風潮があったことはよく知られており、現在からは批判が集中する点でもあります。しかし、当時の軍人や政治家にとって、最も重要な目的は「国体の護持」にあり、それが果たされるならば全日本人が死に絶えてもよい、と考えていました(実際、ポツダム宣言をすぐに受諾しなかったのは、宣言の中に国体の保障について明言されていなかったからです)。再び、畑中少佐の言葉を引きます:

もし天皇の上に他の外力が加わったとしたら、国体護持は絶対不可能である。この外力を排除するものが皇軍の力であり、皇軍の任務はそこにあるのである。ところがポツダム宣言受諾は、とりも直さず天皇の上に他の力が加わることであり、この力をとりのぞくことを任務とする皇軍武装解除されている。これでどうして国体護持ができるというのか。全滅か、もしくは勝利しかないというときに、そうした妥協的な国体護持というものがありうるであろうか。古今東西の歴史に妥協的な講和というのはありえなかった。とすれば、陸軍はむしろ一億玉砕するにしかずとの態度をとるべきである。ところが、光輝ある陸軍の大部分の指揮官は、終戦は大御心だからこれにしたがうのみだ、との一点張りに終始している。しかもはたして降伏することが真の大御心であるかどうか、敗北主義の重臣が勝手にきめ、気弱になっている天皇皇后に無理やり承知させたことではないのか。
(Kindle の位置No.1171-1179). 文藝春秋. Kindle 版. )

 ここで畑中少佐が、天皇の御心を「忖度」しているのも見逃せないポイントですが、ともあれ、彼が国体に固執していることをよく示す発言です(固執しているのはもちろん、彼だけではない)。この国体というのは、もう私たちがリアリティを持って理解することは不可能な概念です。それは、昭和天皇その人の肉体や生命でもありません。彼らは、国体を守るためならば一時的に天皇に背いてもよいとすら考えています。しいて言うならば、万世一系天皇の血筋が象徴する君主制ということになるでしょうが、やはりこうした言葉による説明では、何百万という人々が命を投げ出して守ろうとしたその切迫性をつかまえることはできません。

 こうした個人の生命と幸福を超克したところにある抽象的な概念へのコミットを強制する体制を、私たちは全体主義として否定的に評価します。しかし、全体主義の中に生きる人々は、当人が主観的に倫理的な純粋さを持ち合わせているほど、その抽象的な概念へのコミットを自発的に強めていく。畑中少佐を知る人は、その人柄を「単純すぎるがそれだけにかえって人をひきつける純真さ」と評しました。動機の純粋性が肥大することで、結果責任への意識が希薄になっていき、目的が正しければ全てが許されると錯覚していきます。この状態に陥ると、軍のような近代的な組織を維持し、合理的な意思決定を行うことは難しい。

 私たちは現在、個人の権利と生命に至上の価値をおく、少なくとも建前ではまだそれを守ると約束している政体に住んでおり、こうした国体のような概念をばかばかしいと考えます。しかしこの問題は、そんな簡単に片付いてはいない。全体主義の罠は、ブラック労働や結果責任に無頓着な官僚や政治家という形で、油断するとすぐに私たちを捕まえようとチャンスを窺っている。いつか自分たちの手で葬り去るまで、その戦いは続くのです。