企業は存在しない

 先週の WBS でコメンテータのフェルドマン氏が、「派遣労働を禁止すれば海外に労働力が流出して空洞化を招くだけだ。経済合理性を無視した政策は絶対にうまくいかない」と言っていて、わが意を得たりの気分でした。いま日本で見る価値のあるニュース番組は WBS だけです。殺人やスキャンダルなどワイドショー的なニュースを一切流さないのも清々しい。この番組が全国区でないのが惜しい。公式 HP でも積極的に番組映像を公開しているので、TV 放映を見られない地域の人は是非 Web で見てください。

 企業がコスト削減のための行動を起こすのはごく自然なことなので、海外の安い労働力を求めてアウトソースしたがるのは当然です。派遣労働の禁止はそれに拍車をかける。そんな日本人の誰にとっても不利でしかない政策を推進するだけでも十分不合理ですが、上には上がいるもので、さらに「企業は海外へ逃げるべきでもない」という正気の沙汰とは思えない主張をする人までいます。

 派遣村の村長として一躍左翼のスターになった湯浅誠氏は、『東洋経済』での城繁幸氏との対談でこう言います。

 私は仕事も全部プロスポーツと同じだと思っています。日本はたまたま運よく高度成長期を遂げられたから、皆気づかずにやってこれただけで、一皮めくれば実態はシビアなプロスポーツと同じ競争原理で動いていると思います。少なくとも中国人やインド人はそう考えて挑んできている。その中で国が最低限のセーフティネットは張らねばならないとは思いますよ。


湯浅 だけど国家の中に企業もあるわけですよ。企業は治外法権ではありえないんですよ。


 ただ企業は国籍をいくらでも変えられます。企業だけに全部任せるのは間違いだと思います。


湯浅 変えられるでしょうが、輸出型の大企業も日本人を雇用して日本の消費者を相手にして国際企業に成長したわけですよね。そのくせ税金の安いところに国籍を移すとしたら、その姿勢やモラルを社会は許容すべきではありません。
「正社員は既得権益か?」

 もし湯浅氏の主張が通って、派遣労働も禁止された上、企業が法人税の安い国へ逃げたり、拠点を海外へ移したりすることが法律で禁じられたら、日本企業は人件費の高い日本人を正社員として雇い、かつ中国やインドと価格競争に臨まなければなりません。これはボクサーの両手両足を縛った上でリングの上に送り出すのに等しい。

 何で湯浅氏は、こんな明白に非現実的なことを簡単に口にできるのでしょう? おそらくその答えは、彼が、労働者とは別に、企業というものが実体的に存在すると考えており、かつそれは、常に社員や社会のメンバーを苦しめようとする悪いものだ、と思っているからでしょう。

 でも残念ながら、企業なんて存在しない。普通に企業勤めをしたことのある人なら誰でも知っていることですが、現実に存在しているのは社員だけです。同僚、上司、部下、取引先、派遣社員、アルバイト、私たちが目にするのは、これら雑多な人々でしかない。企業というのは、その存在を措定しておくと責任の限界を決められたり資本や労働力を効率的に集めることができて便利なだけの、法的な擬制に過ぎない。

 でも湯浅氏は、おそらく企業と労働者を別物として考えているため、企業がいくら苦しんでも労働者には跳ね返らないと思っている。実際には、企業の業績が悪化するということは、そこで働く社員の給料が減るということであり、またその企業が提供する財を消費していた社会のメンバーが不利益を被るということを意味します。

 同じ左翼リベラルでも、ロバート・ライシュはその点を正しく認識しています。彼は、企業はただの法的擬制であり税金を払う主体とは認められないため、法人税を撤廃すべきだという、湯浅氏が聞いたらぶっ飛ぶような主張をしています。

 強調されるべき(そして最も基本的な)最後の真実は、企業は人ではないということである。企業は法的擬制であり、契約書の束以外の何物でもない。そこには確かに風段を特徴づけるスタイルや規範などの「企業文化」はあるが、しかし、企業そのものは物体の形としては存在していない。……


 間違った人格化の結果、正確には人間に帰属しているはずの義務と権利が企業にも与えられている。……しかし、税金を払うことができるのは人間のみである。つまり現実的には、法人税は(間接的に)その企業の消費者や株主や従業員が払っているのだ。……明らかなのは、法人税は非効率で公正ではないということである。……法人税を撤廃することは、資本市場の機能を高めるにはプラスとなる。
『暴走する資本主義』pp.297-9)

 ライシュはクリントン政権において労働長官(日本の厚労相)を務めた人物です。日本で言えば長妻大臣が「法人税を撤廃すべきだ」と主張しているようなものだ、と思えば彼我のレベルの差がどれほどのものか分かるでしょう。

 「法人税減税」と聞くと「企業優遇」とか「消費税減税のが先だ」と反論する人がいますが、分かってないね。法人税を払っているのは企業じゃなくて、人間です。法人税はライシュの言うように、消費者、株主、社員が見えないところで分担して払っているだけなので、端的に所得税の二重取りにしかなっていない。こんなものリベラルの好きな公正の観点からも廃止して当然だし、それで経済成長が促進できるのだから一石二鳥です。

 湯浅氏も真のリベラルを目指すならライシュの本を読んで勉強した方がいい。