『Naturenews』「低放射線被曝のリスクはよく分からない」

 福島第一原発では、今も高放射線被曝のリスクを冒して多くの人々が原子炉の冷却に尽力しています。4月27日には、厚労省が通常時の線量上限である年50ミリシーベルトを撤廃する特例措置を決めるなど、作業員の健康リスクは高まる一方です。

 そうした重大な危険に曝されている人々と比べれば、避難区域外の人々が浴びる線量など微々たるものです。しかし一方で、「実際のところ、低線量被曝の健康リスクはどの程度なのだろう?」という疑問が気にならない人もいないでしょう。特に乳幼児など小さな子供を持つ親の方々にとっては、子供は大人より放射線への感受性が高いため、不安になるなという方が無理な相談です。政府は「ただちに健康に影響はない」を繰り返すけど、それは裏返すと「長い目で見たら影響はある」ということを暗黙に認めているってこと?

 科学論文誌『Nature』のニュースサイトに、この疑問に対して答える記事が掲載されていたので、紹介します。タイトルは "We don't know enough about low-dose radiation risk"。著者は米コロンビア大学David J. Brenner氏。ただ、結論だけ先に言うと、この記事を読めば何か確定的な情報が分かって安心できる、ということはありません。タイトルの通り「低線量被曝のリスクについてはよく分からない」ということを認める内容だからです。本文では「なぜよく分からないのか」の理由が延々連ねられているだけなので、読んでも心楽しくはなりません。

 以下抄訳。

 科学者のコミュニティは、低放射線被曝のリスクを推測しようと出来ることをやってているのだが、いまだ実際のところどうなのかはわかっていない。リスクを知らないのだから、適切な避難区域の範囲も、いつ人々を避難させ、いつなら戻してもよいかも分からない。

 日本政府が指針を出した短期の避難区域とアメリカの NRC (原子力規制委員会)が推奨する避難区域の範囲に違いがある理由は、単純に、今後福島第一原発から潜在的にどの程度の放射能の放出があるか、という仮定が両者で異なるからだ。だが、たとえ最終的な放出量と被曝量が確定したとしても、なお私たちは低放射線被曝の影響を十分に知らないため、合理的な避難勧告などしようがない。

 しょっぱなから「分からないことだらけです」という白旗全開モード。でも本当に分からないのだから仕方ない。知らないことを知らないと認めるのもまた誠実な科学的態度です。今まさに被曝しながら冷却作業をしている作業員には、何の慰めにもならないけど。

 ただ、この冒頭で、ブレナー博士は一つ重要なことを言ってます。日本では、当初政府が設定した非難区域の範囲が狭すぎるのではないか、という批判がありました。その根拠に使われたのが、「アメリカの NRC は 80km を避難区域とした」という事実だったのです。でも、その NRC も、日本政府より多くの情報を持っているとか、より正しい推定をする能力があるとか、そういうわけでは全然ない、と博士は言っているのです。実際、3/31 には NRC も日本の 30km という避難範囲は妥当だという見解を出しました。単に情報が不足していたので安全を見ただけで、同じ情報を与えれば日本政府と同じ結論に辿り着いた、ということです。


 さて、それでは本題。「我々はなぜ低線量被曝のリスクについてほとんど知らないのか」。

 その答えを一言でいうと、低線量被曝が集団の健康に与える影響を定量的に調査するのは難しい、というかほとんど不可能だからだ。低線量被曝による長期的影響は、ほとんどのケースにおいて、癌の発症と関連する。しかし、人間の 40% は、放っておいても人生のどこかのタイミングで癌になるのだ。放射線の影響による微小な発癌率の上昇を測定しようとしたところで、結果は恐ろしいほど不確実(tremendous uncertainties)なものにしかならない。正確に調べるには、とても大量の集団が被曝して、かつ各人の被曝量が厳密に分かっていなければならない。

 低線量被曝が健康に与える影響はとても小さく、それはほとんどのケースでは、誤差の範囲に収まってしまう、ということです。今回の原発事故でも、数十年後にこの時の被曝が原因で癌になる人が、もしかすると数百人ぐらい出るかもしれない。でもそれは、原発事故のせいだと有意に言えるような結果ではないのです。

 ただし、「とても大量の集団が被曝して、かつ各人の被曝量が厳密に分かっている」、そういう条件を満たす事例がないかといえば、実はある、と博士は言います。しかも、まだほとんど研究されていないものが! それは、チェルノブイリです。

 1986 年に旧ソビエト連邦で起きた原子力発電所の事故は、今の日本の状況よりはるかに深刻なものだった。それは、原発事故の「最悪のシナリオ」を研究するのにうってつけのケースだった。被曝した集団は大きく、かつ被曝量のレベルも多岐にわたる。これは又とない研究の情報源を提供するものである。しかし、25年の間、行われてきたのは甲状腺癌や白血病など、特定の癌を対象とした調査だけだった。他のもっと一般的な癌を対象にした体系的な研究は全く行われてこなかった。

 甲状腺癌と白血病は、確かに放射線被曝を原因とする癌の中でも発症率が高く、研究もしやすかったのでしょう。しかし、他の癌も含めた包括的な研究は一切されていない、というのはちょっと意外でした。もっとも、ブレナー博士はこういう統計的研究の根本的限界も指摘しています。それはやっぱり、放射線によって癌になる人はとても少ないので、他の要因と切り分けることが難しいからです。代わりに博士が提案するのは、基礎研究からのアプローチです。

 遺伝子や染色体レベルで、低放射線が癌を発症させるメカニズムを突き止める必要がある。このメカニズムはとても複雑なため、この分野の進歩は遅い。だが長い目で見れば、統計的研究と基礎研究の合わせ技が最適解なのだ。

 合衆国では、低放射線被曝に寄与する基礎研究のプログラムはたった一つしかない。しかもそれは予算カットの対象になっており、あまつさえ中止されるかもしれない。

 なんか最後は「オレの分野にもっと金よこせ」的なプロパガンダで締められてますが、まあ研究者も手元不如意では何もできないので、こういうアピールも大事なのでしょう。

 日本政府が「健康にただちに影響はない」と繰り返す理由は、「長期的には影響がある」ことを知っているからではないのです。ただ、「長期的な影響はわからない」だけ。そのため、日本政府は「どんなに低量の被曝でも健康には影響があるかもしれない」という最悲観想定にたって方針を決めています。影響が見切れない場合には安全側に倒す、というのは合理的な判断です。藤沢数希氏のように、この慎重姿勢を批判して、「250mSv以下の被曝で健康被害があるという科学的証拠はほとんどありません」と言う人もいますが、彼は知っているだろうか。「科学的証拠はほとんどない」のは、「調べた結果出てこなかった」のではなく、「まだ調べていないから見つかっていない」だけかもしれない、ということを。