盛者必衰って本当ですか:クレイトン・クリステンセン『イノベーションのジレンマ』

  当時、客に何が欲しいかと訊ねたら、速い馬がほしいと言われただろう。

―― ヘンリー・フォード(自動車メーカーのフォードの創業者)

 
 ある企業が、まったく無名のベンチャーバラック同然の町工場から出発して、ライバルとの数々の闘いに打ち勝ち、業界を代表するリーディング・カンパニーに成り上がり、そしてやがて新しい挑戦者との闘いに敗れて歴史から退場していく。資本主義社会では、このサイクルが延々繰り返されます。永遠に存在しつづける企業はない、という事実を、私たちは経験的には理解している。どんな優良企業だって、いつかダメになるときは来る。ビッグスリーと呼ばれた自動車業界の帝王たちは破産の危機に瀕し、長らく大学生の憧れだったテレビ局や新聞社は赤字を計上し、ジリジリと追い詰められています。

 しかし、"なぜ" 企業は永遠に勝ちつづけることができないのか、と聞かれると、その理由に関しては、私たちはそれほど確固たる答えを持っていません。経営者が判断を誤ったからだ、保守化してチャレンジ精神を失ったからだ、産業構造が転換したからだ・・・・・・出てくるのは、せいぜいこうしたアドホックな(しばしば後付けの)理由ばかりです。

 本書は、この長年の疑問に、一般的な答えを出そうとする野心作です。多くの実証的なデータに基づく議論はなかなか説得的で整合的です。

 著者の結論は、こうです。業界を代表するような優良企業は、決して愚かな振舞いをしたがゆえに滅ぶわけではない。彼らは顧客のニーズに耳を傾け、技術革新の努力を行い、合理的な判断を下している。もちろん、それが出来たから優良企業になれたのです。でも、その優秀さが、今度は逆に足を引っ張ることになる。

優良企業が成功するのは、顧客の声に鋭敏に耳を傾け、顧客の次世代の要望に応えるように積極的に技術、製品、生産設備に投資するためだ。しかし、逆説的だが、その後優良企業が失敗するのも同じ理由からだ。顧客の声に鋭敏に耳を傾け、顧客の次世代の要望に応えるように積極的に技術、製品、生産設備に投資するからなのだ。(p.28)

 なぜそんな不可解な現象が起こるのか。それを分析するために導入される概念が、今や有名になった持続的技術破壊的技術です。前者は、平たく言って既存の製品の性能を高めるものです。大体「性能が当社比○%アップ!」的な宣伝をされるのは、この持続的技術に分類される。製品を構成する部品単位での性能向上や、業務の効率化によって技術革新が達成されます。トヨタが得意な「カイゼン」など、いわゆる QC も、この持続的技術に貢献する活動です。

 一方、破壊的技術とは、市場の価値基準そのものをがらっと変えてしまうような革命的技術です。p.23 に具体例の一覧表がありますが、デジタル写真、携帯電話、オンライン証券取引、無人航空機など。こうした技術は、登場したときは既存技術の基準に照らすと性能が悪く、実用にたえないため、主要な顧客からは評価されません。営業が持ち込んでも「こんなのただのオモチャじゃないか」という罵声を浴びせられるのがオチです(この点で、いま流行りのクラウド・コンピューティングには破壊的技術と呼ばれる資格がある)。しかし、既存の技術と遜色ない水準まで性能が向上した段階で、一気に業界の勢力図を塗り替えてしまう爆発力を持っているのが、破壊的技術の侮れないところです。

 業界を代表する大企業は、持続的技術の革新は得意だが、破壊的技術への対応は致命的に苦手だ、というのが著者の第一の発見です。これは特に独創的なものではありません。誰だって知ってる。重要なのは第二の発見のほうで、大企業が破壊的技術へ対応できないのは、技術的に劣っているからでも、経営者が無能だからでもない、ということです。というのも、破壊的技術には最初、市場がないからです。顧客にとっても、既存の製品やビジネスに応用できる技術ではないため、初期のパソコンやインターネットがそうであったように「確かに面白いとは思うんだけど・・・・・・これ、何に使えばいいの?」という困惑を引き起こしてしまう。ユーザが破壊的技術の使い方を見出すには、数年かかりります。

 そのため、売り手から見ると、どういう顧客がいて、どの程度の値段ならどの程度売れて、収益率はいくらかという情報が全く得られません。これではまともなマーケティングはできない。しかも、運良く市場があったとしても、非常に小さいことは明らかなので、全く投資に見合うリターンを得られる公算がない。こんな市場、まともに相手にするほうがどうかしています(p.125 のマーケティング部のマネージャーとその部下のコミカルな会話が端的に示すとおり)。しかも、既存の顧客の要求に従って、持続的技術をブラッシュアップすることは、非常に収益率のいい確実な商売なのだから、「大企業は、新しい市場が『うまみのある規模に成長する』まで待つことが多い」(p.16)のは、当然のことです。優良企業は、ハイエンド市場へ昇ることはできても、ローエンド市場へ下がることはできない。かつて「激安PC」という歴史上屈指の破壊的技術をもって世界をあっと言わせたアップルも、ジョブズ復帰後はハイエンド市場へシフトすることで危機を乗り切りました(彼の復帰後、同社最初のヒット商品は G3 という高性能マシンだった)。

 だから、破壊的技術はしばしば、どうでもよいと思われていた分野からどうでもよいと思われていた人々の手によって引き起こされます。典型的な発生源はベンチャー企業ですが、SHARP の液晶やドコモの i-mode のように、大企業内部の窓際部署あるいは外部スタッフ部門から生まれることもあります。また、日本のアニメやゲーム産業も、ほったらかしにされていた分野からのイノベーションでした。

 大企業がこうした破壊的技術の波に対抗するのは、非常に難しい。第5章以降では、そのための方法が検討され、大企業が淘汰を生き延びた数少ない成功例についての検証が行われます。皆さん興味あるところでしょうから、詳しくは実際に読んでいただきたいのですが、まあ、理屈はわかるけどやるのは大変だよ、というのが私の感想。著者のイチオシは、要するに「社内ベンチャー」。確かにドコモの例も意図せずしてこれに近い状況だったし、これ以外に有効な方法もなさそうだけど、さて上手くいくかな。新興技術の全てが破壊的ではない。本当の破壊的技術は千に一つです。それを企業内部だけでカバーしきれるか。メインフレームからパソコン市場への適応をうまくやりおおせたかに見えた IBM も同様の方法を駆使したのですが、結局そのあと低迷してしまいました。

 ちなみに、蛇足を承知で、優良企業の社長さん向けにイノベーションのジレンマから逃げる手段を、もうひとつ提案させていただくと、技術で勝負しないことです。それをやろうとするから、ジレンマに陥る。破壊的技術を引っさげて登場した新興企業を、ちょうどよく育ったところで買収すればいいじゃないですか。新興企業の株式を保有する方法を、著者も「破壊的技術への効果的な対応方法となるだろう」(p.92)と言っています。

 私もアメリカの法律について詳しくないので、ちょっと細かい話はできないのですが、昔に比べて M&A に対する規制緩和が進んだため、企業の買収や合併の数は急増しています。もう IT 業界なんて買収合戦になっていて、片っ端から有望なベンチャーが買われています。梅田望夫は 97 年の時点でこう述べています。

 ネット革命が始まった94年末から97年末までの3年で「何が一番変わったか」といえば、ベンチャー企業の側ではなく、むしろ「ベンチャー企業との戦い」を余儀なくされた大企業の側であったと私は強く思う。マイクロソフト、シスコ・システムズ、インテルといった大企業は、「ベンチャー企業にできなくて、大企業にできることは何か」という問いに真剣に取り組んできた。その中で最もシンプルで強引なやり方として、「ベンチャー企業」そのものを次から次へと買収してしまう」という「コロンブスの卵」のような経営手法が、ある種普遍性を帯びてきた。(「もっとも変わったのはベンチャーより大企業」『シリコンバレー精神』

 大企業には、ベンチャーのように破壊的技術と心中するリスクはおかせない。その代わり、その技術を買うだけの札束はある。その点で、大企業が経済的解決へ乗り出したのは、極めて真っ当な判断と言わねばなりません。生き残るためには、使える資源は全部使うべきです。そして、この戦略転換は、著者の理論を根底から覆す可能性がある。もう大企業は没落せず、永遠に繁栄し続けるかもしれない。ベンチャーの目的は、従来のように「打倒マイクロソフト」ではなく、「マイクロソフトに買っていただく」ことに変わるかもしれない。この変化が、イノベーションを生み出すインセンティブにどのような影響を与えることになるか、今はまだ誰にも分かりません。