格差社会はお嫌い?

 日曜に町山さんの『未公開映画を観るテレビ』を観ました。うーーーーん、ちょっとイマイチ。町山さんが見つけてきた DVD をひたすら垂れ流すというチープな発想は大変いい。でももう少し細かくコメント入れないと、アメリカの事情に疎い日本の視聴者には深いところまで伝わらない。オセロの松嶋さんも、漫才師としては力のある人なのは間違いないのだけど、物を知らなすぎて、相手役として不足がある(ソニーを日本企業だと知らなかったというのには驚いた)。

 紹介されていたドキュメンタリー『ウォルマート』も、正直言って大した出来とは思わない。よくある大企業バッシングなのだけど、ウォルマートのように従業員だけで 100万を超える巨大な現象を語るのに、たかだか 数十人程度へのインタビューを中心に据えるのでは不十分です。ごく一部のことが全体にあてはまるかのような錯覚を引き起こす代表制バイアスを悪い方向に使用している。もっとも、これはマイケル・ムーアら多くの映像作家が意識的に採用するドキュメンタリーの常套手段といえば、そうなのでしょうけど。

 それでも、幾つか私も知らなかった事実もわかって、その点では勉強になりました。ざっと並べると以下のとおり。

  1. 組合活動を厳しく制限している。従業員に反組合感情を植え付ける教育ビデオはすごかった。
  2. 給与水準が低いため、公的扶助を受ける従業員が多い。15億ドルの税金がつぎ込まれている。
  3. アメリカの 31 の州で賃金水準をめぐって係争中。

 組合活動に関して言うと、ウォルマートに限らず、アメリカでは組合は弱体化しています。経済学者ゲーリー・ベッカーによれば、アメリカの労組の組織率は、1950年代のピークで 35%、いまは 7.5% にまで落ちている(「組合の没落」)。工場のように労働者を一箇所に集中させる労働形態の時代には、労働者の利害は一致していたので一丸となって戦うことができました。でも今のように業種が多様化して、個々の労働者がバラバラに働く時代では、組合は効果的に労働者の利益をはかれない。この現象は、先進国に共通のものです。

 ウォルマートが企業の中からも外からも攻撃されている根拠の一つに、格差を拡大している、というものがあります。地元で何十年も続いた小規模の商店を潰し、従業員を低賃金で酷使する代わりに、経営層や株主には多大な利潤を還元している、という不平等感です。日本でも、イオンやダイエーなどがやはり「シャッター商店街を増やしたのはこいつらのせいだ」という理由で攻撃の対象にされています(三浦展ファスト風土化する日本』は、このドキュメンタリの主張に非常に近い)。

 しかし注意すべきことは、格差そのものが良くないとする原理的な理由はない、という点です。資本主義社会で自由競争をする限り、結果に差は必ず生じる。そして、ベッカーと共同でブログを運営しているポズナーが言うように、「たとえ格差が生じたとしても、全員が豊かになっていれば何の問題もない」のです(「グローバリゼーションと不平等」)。彼が言うように、格差に問題があるとすれば、それは、「1% の富裕層の収入が倍増して、残り 99% の収入がほとんど増えない」ようなアンバランスが、大きな社会不安を招くときです。こういう場合の格差は全体最適にならないため、疑いなく社会悪です。その点で、従業員が生活保護を受けなければならない状況に追い込むウォルマートの現状は問題です。しかもこれは、AIG などに比べれば話はセコイものの、要するに「公的資金注入」なんだもの。でも、格差社会を批判できる根拠は、こういう帰結主義的なものしかないということは、忘れないでもらいたい。

 町山さんなら、その程度のことは分かっているはずだし、もう少しレベルの高い解説を期待したいのだけど、このまま緩い感じで「大企業は許せん」「んだんだ」「資本家は悪いやつらだ」「んだんだ」という左翼の繰り言を続けていると、早晩打ち切りになると思う。