草鞋おじさんの魅力:ジョン・ウー『レッド・クリフ』

 ジョン・ウー『レッド・クリフ』を見てきました。映画は文句なしに面白かった。ちゃんと白い鳩も飛んでいた。普通、関羽張飛のかげに隠れて印象の薄い趙雲がクローズアップされて格好よく描かれていたのはなぜだろう? まあ私も彼のような渋キャラは好きですけど。

 さて、映画を見ていて思ったのは劉備という人の魅力の謎です。劇中でも曹操から「草鞋を編むことしかできない無能」呼ばわりされていたけど、この人の魅力は、私たちには理解しにくい。政戦両略の天才である曹操や、天才軍師諸葛亮の凄さはすぐにわかる。でも、とりたて大きな功績もなく、傍目ボンクラにしか見えないこの草鞋おじさんの下に超一流の人材がわさわさ集まるのはなんでなのか? 西欧流の能力主義が行き渡った現代日本では、まずトップにつくことは考えられないタイプの人間なのに(日本人が本当に「能力」という概念を理解しているかどうかは措くとして)。

 もちろん、劉備も史実的にはただのボンクラなわけはなく、部下に厳しい曹操も自分の下にいたときには高く買っていたのだから、映画が『演義』風に誇張されているのは差し引く必要があります。でも、劉備の長所を表すキーワードとして外せないのは、やっぱり「徳」なんだよね。劇中でも、「国を治める資格があるのは徳のある者だけだ」という徳治主義の思想が語られますが、この徳という中国的な概念が私たちにはよく分からない。いや、全く分からないこともない。「不徳のいたすところ」とか「人徳がある」という言葉は私たちも普通に使います。昔中国から儒教思想を輸入したときの名残が、今もあるからです。だから、何となくそういう共通認識はあるのだけど、能力みたいに数値化に向いていない。ぼやーっとした東洋的概念なのでつかみ所がないのですよね。

 曹操もきっと、「劉備のどこがそんなにいいんだ!」と思っていたのだろうな。「俺のが金を持っているのに! 俺のが力があるのに! どいつもこいつも俺をコケにしやがって!」という嫌われ者の中年オヤジの心の叫びが画面からひしひし伝わってくる迫真の演技だった。