奪うか、増やすか、それが問題だ

 景気悪化を受けた「派遣切り」の嵐が吹き荒れる中、派遣法を改正して、製造業への派遣をなくそうとする動きが、民主党を中心に野党の間で高まりを見せています。選挙対策リップサービスという面もあるけど、もし民主党が政権をとったら、絶対に実行を求められることになる。だから、これはリアリティもけっこうある話です。

 もともと派遣という労働形態が、「必要なときに雇い、不要になったら解雇できる」調整弁の役割を期待して導入されたものなのだから、今の事態は、もちろん前から予想はついていたことです。財界・政界の人間で、予測していなかった人間などいないでしょう。ただ、好況で仕事が山ほどあって、「フリーター」という語が肯定的に使われていた時代に、敢えて冬が来た時のことを考慮する慎重派は少なかったし、下手に慎重論を唱えて派遣労働者が減ると(企業が)困ったので黙っていただけ、というのが真相でしょう。

 さて、今回もし本当に民主党が主張するような製造業への派遣規制が行われた場合、その結果、派遣労働者は減るでしょうか。この答えは自明で、確かに減ります。法律で制限された以上、今より増えることはまずない。ただし、その副作用として、アルバイトと失業者が増えることになるでしょう。なぜなら、企業としては、いま派遣労働者として雇っている社員の全員を、正社員として雇う意志も、その余力もないからです(正社員を雇うコストは派遣社員の2倍程度と言われています。正社員なら賞与も出さねばならないし、雇用保険や福利厚生の面倒も見る必要があるから)。結果、派遣が禁止されれば、企業はそれ以外の安価な労働力を求めることになり。そうすると残る候補はアルバイトしかない(あるいは海外移転)。そして、バイトで補いきれない分は、正社員の労働時間を増やすことで対応するでしょう。つまり、正社員の残業時間も増える。派遣社員にとっても正社員にとっても、いいことはない、という結論になります。

 というわけで、派遣法改正は温情的な措置に見えて、逆に事態を悪化させる危険が高い、という点は確認できました。社会や経済というマクロな現象を見るとき、こういう論理と感情の不一致がよく起こります。「地獄への道は善意によって敷き詰められている」というやつです。

 でもそうすると、代案としては、一体どうすればよいか。有効な解決策は、多分二つしかありません。一つは、パイの再配分。もう一つは、パイの拡大

 いまの労働状況というのは、多くの人が感じているとおり、極端に不公平なものです。食うや食わずやのカツカツの人々がいる反面、退職官僚は「渡り」による天下りを繰り返してゴツイ退職金をもらい、企業にもほとんど仕事しない高給の中高年が居座り、生産性を下げています。こうしたノンワーキング・リッチに対し、「俺たちにも正当な分け前をよこせ」とパイの配分を迫ることは、社会正義にかなうことですし、今の左翼の方針もこれです。

 でもこういう奪還路線は、非常に時間と手間がかかる難しい闘いです。誰も既得権益を易々と手放すわけがないので、暴動が起きるレベルまで状況が悪化しないと現実は変わらない。日比谷公園で演説したり、デモで道を練り歩く程度では無理です(左翼にいつも暴力革命の誘惑がつきまとう所以です)。

 なので、もっと生産的かつ長期的に効果の高い方法は、後者の経済成長策です。だから、イノベーションや金融緩和などにより経済成長を高め、パイを大きくすることでみんなが食事にありつけるようにするべきだ、とする上げ潮派の主張は、基本的に正しいものです。乱暴なことを言えば、たとえ格差社会であろうとも、下層階級にも成長への期待が持てる社会であれば、不満はそれほど出ないのです。美しい人はより美しく、そうでない人もそれなりに美しく、なんて CM が昔ありましたが、アメリカは一貫してそれでやってきているし、高度成長期の日本もそれに近かった(そこでは、『ALWAYS』に描かれたような「貧乏だけど幸せ」という状況が出現します。もし史実と反対に、あの窮乏状態に加えて将来への期待もなかったとしたら、昭和の日本はあんなに明るかったでしょうか?)。山田昌弘『希望格差社会』で言うように、問題は格差があることではなく、格差が固定され、皆が将来に絶望して社会から希望が蒸発してしまうことです。絶望は個人にとっても社会にとっても、死に至る病です。

 従って、既存のパイを大きくしようと規制緩和したり、新しいパイを見つけ出す新規分野の開拓をすることが、とても重要になります。これ以外の方法は、どれもその場しのぎでしかない。上げ潮派小池百合子が最近、若者に農業をさせようとか突飛なこと口走っているのも、そういう狙いでしょう(メディアでも最近よくこの扇動を見かける)。まあ、もしかしたら有望な分野かもしれないけど、でも相当キツイ仕事なので、本当に進むなら覚悟がいるよ、というのは、祖父母が農業をしている私からのせめてもの警告。

 一方、この成長路線のきついところは、成長が止まったとき、いちどに不満が爆発する危険があることです(今の日本はそういう状況)。だから、常に時速200Kmでぶっ飛ばす勢いが必要です。絶対に80Km以下に速度を下げてはならない。資本主義というのは、無限に成長していかないとうまくいかないシステムなのです。これはこれで大変なんだけど(他にも、成長すれば環境も破壊するし、他国を苦しい立場に追いやるし)、でも他に方法がない、というのもまた事実。今の私たちには「よりダメじゃない」選択肢を選ぶ程度のことしかできない。