世界の DQN ネーム事情

 The Economist の記事より。("Baby names")

 DQNネーム、あるいはキラキラネームと呼ばれている名前があります。子供に付けられる、奇抜で読みにくいことを特徴とする名前のことで、大熊猫(ぱんだ)君とか今鹿(なうしか)ちゃんとか、結構な破壊力を持つ名前も多く、周囲の人は、学校でイジメの原因になったり就活で子供が苦労するのではないかと気を焼くのですが、親の方はどこふく風のようです。

 こういう DQN ネームは日本独自の文化として進化を遂げているのかと思いきや、どうやら世界的に見られる傾向のようです。例えば、ニュージーランドで却下された DQN ネームの一例:ルシファー、V8、アナル、キリスト。悪魔や救世主の名前が入っているのは、さすがキリスト教圏のお国柄です(そういえば日本でも DQN ネームブームの火付け役は「悪魔」ちゃんだった)。V8 は何のことかよく分かりませんが、V8気筒エンジンのことでしょうか。多分親がカーマニアなのでしょう。アナルは・・・まあいいや。ちょっと独特なのは、欧米では「89」とか「*」とか意味を持たない記号を名前にしようとする親が一定数いることです。これは、成人後に自分の意志で改名する場合にも見られるようですが、日本人にはない発想です。

name

 しかしまた、世界共通という点では当局の頭の堅さもそうで、世界各地で DQN 親 VS 石頭当局のバトルが繰り広げられています。各国が持っている新生児への命名規制には、例えば以下のようなものがあります:

  • デンマーク:受理可能な名前リストの中からの選択式。ホワイトリスト方式。
  • ポルトガル:禁止されている名前、受理可能な名前のそれぞれの一覧がある。ホワイトリスト方式とブラックリスト方式の併用。
  • アイスランド言語学の専門家からなる委員会が、変わった名前について裁定を行う。
  • ドイツ:多くの名詞や地名などを使うことが禁止されている。また「キム」のような性別が分かりにくい名前にも、当局はいい顔をしない。また、命名に悩む親に専門家がアドバイスをくれる(有料)。

 
 子供の命名というのは、『Economist』誌が言うように、極めて私的な行為です。従って、そこに公権力の介在を受けることに親が怒るのは当然の感情です。また、最近はこうした命名規制は緩和の傾向にあるという。フランスは 1993 年に受理可能なホワイトリストを廃止し、その 2 年後にはアイスランドが移民にアイスランド的な名前を名乗る要求をやめた。

 その一方で、名前が持つ影響力は思っていたよりも大きいということも明らかになりつつあります。変な名前を付けられたせいで周りから浮いたりいじめられたりする、というのは昔から言われている DQN ネームのデメリットです。2009 年には、米国ニュージャージー州の親が息子に「アドルフ・ヒトラー」と名づけようとして養育権を剥奪されましたが、こういうケースで親に同情する人は少ないでしょう。

 しかし、名前が持つ力はそれだけではありません。2002 年に行われた調査では、人は自分の名前に無意識のうちに影響を受けているという。デニス(Dennis)という名前を付けられた男の子は、ウォルター(Walter)という名前を付けられた男の子よりも、わずかに歯医者(dentist)になる率が高く、ジョージ(Georges)という名前の子は、地理(geology)を好きになるという。また、姓がアルファベット順で上位に来る研究者ほど、大学で良い職を得やすい(論文を連名で出版する際、著者をアルファベット順に並べるので目に付きやすいから)。

 現在、イギリスとアメリカでは、自ら改名しようとする人が増えているそうです。イギリスで改名手続きを助ける法律事務所では、10年前は 5000 件しかなかった申請数が、2011 年には 60,000 件に増えたという。ある人は親からの過大な期待から逃れようと、またある人はあまりに平凡な名前を嫌って改名しようとする。名前が持つ力が明らかになるにつれて、命名や改名に関連する市場もまた大きくなっていくかもしれません。

参考:金原克範『“子”のつく名前の女の子は頭がいい』

 姓名判断の本ではなく、社会学者である著者の研究論文がもとになっているれっきとした学術書です。「子」のつく女の子は頭がいい、という仮説をきっちり統計によって証明するだけでなく、その根拠となった社会の仕組みと変化についても優れた考察を行っている面白い本です。ただし、生まれてきた子供に「〜子」という名前を付ければ自動的に頭が良くなるわけではありません。それも本書を読めば分かるのですが、念のためご注意を。