票食者(spoiler)について

 本日投票が行われた東京都知事選挙では、現職の石原都知事が半数近くの得票によって 4 選を果たしました。事前の予想とほぼ一致した結果でもあり、目立った政策的な対立軸もなかったことから、盛り上がりに欠ける終わり方をしました。東京 MX の出口調査による世代別投票率のグラフによれば、有権者の 60 台以上では過半数の支持を集めており、石原氏が高齢者の圧倒的な支持を得ていることが分かります。世代が若くなるほど「石原離れ」が進むのですが、いかせん投票率が低く、数の力では若者は老人に勝てない。シルバーデモクラシーの縮図です。

TOKYO MX

 一方で、「非石原陣営」を見てみると、二着に東国原英夫氏、三着に渡邊美樹氏が続きます。まだ開票が完全に終わっていないので結論は出せませんが、現在のところ、この二人の得票数を合計すれば石原氏を上回ります。つまり、東国原氏と渡邊氏は共に支持基盤である浮動層(浮動層を基盤とする、というのも変な表現だけど)を食い合っているのです。共産党候補の小池氏も 50万票以上を獲得しているけど、共産党支持層は、かなり固定されているので、こういう票喰いには絡んできません。それ以外の泡沫候補は得票数が桁違いに少ないので無視できる(ある意味、選挙を盛り上げてくれたけど)。

 こういう現象は、「票割れ(vote spliting)」と呼ばれていて、しばしば選挙で見られます。特に、二人の有力候補が雌雄を決するような選挙において、片方の票を食う第三の候補者(「スポイラー」)が勝負を決めてしまうことがある。二大政党制の米国の選挙ではこの現象が頻繁に起きており、直近ではゴアとブッシュが争った 2000 年の大統領選挙がそうでした。この選挙は米国史上まれに見る接戦で、最終的にはブッシュが僅差で勝利しますが、この竜虎の戦いに絡んできたのが、「緑の党」のラルフ・ネーダーでした。

有力候補二人の接戦の場合、トップを走る二人のうち片方から、第三党の「スボイラー」候補が票を奪ってしまうことで、競争相手の勝利が決まることがある。たとえば 2OOO 年の大統領選挙でこれは起こった。フロリダ州で、アル・ゴアジョージ・W・ブッシュの均衡を緑の党ラルフ・ネーダーが崩し、それによって勝敗が決まったのである。票割れは、選挙のプロセス全体をミスガイドする見えざる手だ。その結果、選挙民の意思の反映が弱められ、民主的プロセスへの信頼が失われ、金銭が浪費され、そして時には生命さえもが浪費される。(『選挙のパラドクス』

 言ってみれば、このスポイラーというのは、巌流島で武蔵と小次郎が決闘中に後ろから小次郎を斬りつける落ち武者、みたいな役どころです(『バガボンド』にそういうタイプのキャラいたよね。武蔵の幼馴染)。いわゆる「お呼びじゃない」系のキャラ。今でも米国の民主党員たちは、あの選挙で負けたのはネーダーのせいだと思っている人は多い。「ネーダーはブッシュをアシストするために金をもらって立候補した」と勘ぐった人もいた(ネーダーがブッシュから資金援助を受けていたのは事実だし、これ以降、米国の選挙では対抗陣営のスポイラーを援助することが選挙戦略に組みいれられた)。

 今回の都知事選では、東国原氏と渡邊氏の得票数に大きな開きがないので、どっちがスポイラーと断定することはできません。多分、東国原陣営は渡邊氏をスポイラーだと思ってるし、渡邊陣営は東国原氏をスポイラーだと思っているでしょう。ただ、二人の間で票割れが起きたことは事実です。

ブッシュが大統領に就任してまもなく、911 テロが起きました。もしこのとき、大統領がリベラル派のゴアだったら、その後のアメリカの対中東戦略はあれほど過激なものにはならなかったかもしれないと思うと、このスポイラーの持つ重要性は無視できません。票割れ現象は、民主主義そのものを破壊してしまう危険を持っている。アメリカでは、この票割れの悪影響を阻止するための制度設計(前掲の『選挙のパラドクス』では範囲投票が有望視されている)が盛んに研究されていますが、二大政党制が定着しつつある日本の選挙制度にも、こうした研究成果を取り入れた改革が必要になるかもしれません。